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2010年1月21日 (木)

自分を試すってどういうことだろう。

 先日に引き続き、生誕祭を読んでおります。

 この本に出てくる人物たちの共通点は、上昇志向、でしょうか。うん?ちょっと違うな。自分の能力がどこまで通用するのか、をギリギリまで試したい欲望。これだな。

 なので、彼らは安定した生活に安住する人達を激しく憎みます。例えば、何十年も理容室を営み、特に何の特徴もなく生活している人々。

 地上げ屋の家族で、何不自由なく生活しているのに父親の文句ばかりいう母娘。

 そういう人々に対して猛然と、狡猾に陥れようとする主役級の人物たち。

 この小説が書かれたのが2003年。文中の35歳の地上げ屋は言います。「俺は間に合った」「ババ抜きなんだ、常識さ」「下の世代のやつらは悲惨さ、こんだけむちゃくちゃやったんだ。つけを払わされる」

 バブルが崩壊する寸前の狂騒のなかで自分の能力を試す感覚を、小説で再構築していく手腕はすごいです。

 自分を試す病、とでもいうのかと思いました。

 罹ってるな、これは、自分も。

 既得権益の中で安穏としているひとを見ると、憎しみに近い感情が湧いてくる感覚。まずい、良くないと思いながらも押さえようがないもの。

 制作の原動力にもなっている。安全な場所で文句を言う奴らに一撃喰らわせたいという衝動。もちろん作品でですが。

 大人になってなくなるかと思っていたら、益々激しく募るものなんですね。

 いい人になろうなんてうす甘く思ってしまいがちな日常で、たまに馳星周を読むと反省させられるのです。

 そんなことはどうでもいい事。自分の力で現状を切り開くこと。人からどう思われてもそれはご勝手どうぞ。

 描きたい絵を描くぜ。誰からも好まれない絵でも関係ないんだぜ。ヘタレな絵はノーサンキューなんだぜ。

 サリュ

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