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2011年5月27日 (金)

1998年。世紀末から作家活動を始めたことと、自分が描きたいことのリンクについて自己分析を始めた。

 最初は絵を描く事が好きだからという理由だったかもしれません。

 学校を卒業し、作品世界を世に問い始めてからは、何故自分は絵を描いているのかを言葉で説明し続けてきました。

 今回、自分のポートフォリオを徹底的に作り直す為、自分の過去と向き合っています。そこには10年以上に渡り引き裂かれてきた想いと、誰にも評価されることなく活動を続けてきた暗闇が横たわっているのが見えます。

 作品世界と社会の動向が無関係では済まされないのが、自分の画風だと思っています。しかも明るい面よりも暗黒面に反応してしまう。

 評価されない鬱屈と、なにかが歪んでいるこの世界の共鳴を、時代の表層で起こった事件をつぶさに見て行くことで理解していく作業。

 そこには昔からのマスメディアの偏向報道に影響されている自分もいて、例えば1999年は宇多田ヒカルのCD700万枚のミリオンセラーの影で、光市母子殺害事件が起こっているし、少年達の犯罪が凶悪化して少年法が改正された年でもあります。

 最初の就職氷河期でもあった。

 メディアで知らなければ、自分にはほとんど関係ない事柄ですが、ほぼ毎日テレビに触れていた当時の事を考えると影響を受けずにいるのはほぼ無理。

 マスメディアの報道に一喜一憂しているのは、今だって日本ではよく見かける光景です。

 メディアの報道の向こうには、実際に事件が起きているのだから、何故その事件が起きてしまったのかはまた別問題である訳ですが。

 そうやって時代と自分の関係を今、ひも解きつつある状況です。

 サリュ

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It might have been [toiu] reason first because it liked to draw the picture.

School..graduate..work..world..world..ask..why..picture..draw..word..explain.

This time, to try to make my portfolio thoroughly, it is opposite to my past. The dark that has kept acting is seen for the desire that has torn for ten years or more and nobody to evaluate and to lie there.

It is thought that it is my style of painting that the trend of the work world and the society is not settled with the irrelevance. Moreover, it reacts from bright respect to the dark side.

Work to understand resonance of this world where mope and something not evaluated have been distorted from seeing event that happens on surface in age minutely.

I influenced by the biased media account of the mass media from old times am there, too and 1999 year has happened by the shadow of Hikaru Utada's CD7,000,000 million seller the optical city mother and child murder, and is , for instance, year when boys' crimes become atrocious and Juvenile Law was revised.

It was the first ice age.

It is almost impossible little being influenced from me when thinking about a thing at that time at the time of almost touched the television every day though it is an unrelated matter if it doesn't know with media.

It is a spectacle that fluctuates between hopes and fears to the report of the mass media often still seen in Japan.

Why the event also has occurred because the event has actually occurred in the other side of the report in the media also : though is a translation that is another question.

It does so and the situation of the relation between the age and me in which the lamplight is being solved now.

[Saryu]

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