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2012年5月18日 (金)

熊本ローカルアーティストが考える「創造都市」④。

 60年安保と70年安保では、敗北感が全く違いました。

 死者は出る、逮捕者は出る。

 70年代は、政治の季節は過ぎ、成熟した社会へと激しく動きます。

 80年代へ向かうにつれて、経済大国にのし上がって行く日本。ものをつくって売る。当たり前の事を、血道をあげて合理化と機械化で利益幅を上げていく時代です。日本へ資本が世界から集中して行く中、80年代にはテクノポリス構想や、地域ネットワークが、産業界では提案されます。

 地方に工業団地をつくり、技術やネットワークを集積しようというものです。熊本だと大津辺りが巨大なテクノポリスですね。

 ちなみにここの半導体の工場で5年働いていて、2009年のリーマンショックの時に派遣切りに遭いました。

 ので、無関係ではありませんし、企業内で産業クラスターの取り組みが実際にどう行われていたか、少しは知っています。それはもう少し後の話し。

 80年代は多分日本にはもう二度と来ない、大量消費社会が現れます。

 そう、この年代に義務教育時代を生きたのが自分です。

 サリュ

Security and security in 70 years 60 years, was completely different sense of defeat.

The dead come out, come out arrests.

70s will move violently to the season of political society too, mature.

As Japan toward the 80s, go Noshiaga~tsu economic power. Sell ​​them things. Age is going up the profit margin in the rationalization and mechanization raised Chimichi, a matter of course. Concentrated in the capital will go to Japan from all over the world, the 1980s concept and Technopolis, the regional network, is proposed in the industry.

Create an industrial park is in a rural, that attempts to integrate technology and network. It is a huge Technopolis per Otsu's and Kumamoto.

Have worked five years in the semiconductor factory here, encountered the cut at the time of the collapse of Lehman Brothers sent the way in 2009.

So, it is not irrelevant, or if in fact had been made of industrial cluster initiatives in the enterprise, you know a little. It is a story of a little later.

1980s in Japan, maybe not to come again, mass consumption society will appear.

Yes, we live an era of compulsory education in this age group is their own.

Saryu

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