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2012年12月

2012年12月24日 (月)

熊本市中央区新町の町屋「かね屋」の新予定。

 今年、様々にアートのクリエーションを行ってきた熊本市中央区新町のかね屋です。

 去年から、直接アートの展示とかではない企画も行っています。ワンナイトカフェや、熊本市現代美術館主催のGⅢでの企画展、九州アート全員集合展の懇親会や、小倉正史氏のアート史レクチャーなどです。
 一度きちんとアーカイブ化して、目に見える形で様々に人に提案できるようにしたいと思っていますが、なかなか時間が取れないのが現状です。
 さて、次回のかね屋の企画は、まだ詳しくは言えないのですが某近所の大学関連の企画になりそうです。
 この企画には、アートスイッチとしては、宣伝を頑張りたいと思います。今まで、企画を主体でやってきたので、宣伝パートとして頑張ってみたいです。アートNPOとアート教育機関が一緒に古い町屋で事を起こす、熊本ローカルアートシーンでまたひとつ、新しい動きが始まります。
 今の予定では、早くて1月25日から展示が始まりますが、状況が未確定ですのではっきりしたらご報告します。この企画展では、オープニングパーティーの開催をお願いしていますので、実現したらアーティストに直接話を聞くチャンスでもありますので、ぜひお越し下さい。
 かね屋の可能性が、どんどん膨らんできます。
 町屋の新しい活用法、どんどん試していきます。
 サリュ

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2012年12月17日 (月)

来年に向けての活動の抱負。

 今年は熊本城下町大遊戯を筆頭に、様々なアートの展開をしてきました。

 
 特に5月以降は、大遊戯に掛かりきりになってしまい、自分の作品制作とのバランスを欠いた展開になってしまった事は否めません。
 
 大遊戯が終わってからは、kmacさん主催の松本充明さんのシタール演奏を「かね屋」という熊本市中央区新町の町屋で開催しました。その後、演劇「アルビレオ特急」の稽古場として、白木聖子さんのダンスクリエーション&ダンス公演開催場所として、活用してきました。来年から年明け早々、再び白木さんのクリエーションの場として稼働する予定となっています。
 かね屋という町屋を、クリエーションできる場にイメージ転換していきたいと思ったのは、別府のプラットフォーム事業を知ってからです。かね屋がある!そう思い、何とか事例を作っています。今後もどう展開するのか分からない事業です。お気軽にお問い合わせ下さい。
 
 年末に入ってからは、「新しい公共」のシンポジウムにNPOの代表理事としてパネリストという立場から話す機会を頂きました。企業や行政では拾いきれない社会的な課題を解決していく為に、NPOには何ができるのか、どうしていけばいいのか。協働でできる事は何か。答えはどこにもなく、自分たちで解決していかねばならない問題が山積しています。
 アートという切り口からできる事は何か。
 企業や行政は、専門分野においては計り知れない力を持っています。その分野においては追随を許さないでしょう。しかし、現実では専門分野ばかりでは解決できない事や、利益に繋がらない事が多く見受けられるようになってきました。どうすればいいか。既存の力をデザインし直すしかない。「リデザイン」する。
 図らずも、今年の初頭に熊本市企画課のチャレンジ協働事業「創造都市を考える」の時に考えた「医療とアート」というのが、まさにこの「リデザイン」に該当していました。QOL(クオリティーオブライフ)生活の質の向上が世界保健機構から宣言されていますが、現状の医療現場ではそれどこではありません。毎年変更される診療報酬の中身や、その変化についていけない地方の医療行政の問題の前には曖昧なQOLの定義は見送られるのが現実です。そこにアートやアーティストが何ができるのかという問いを設定してみました。
 これは答えではなく、あくまで問いです。これから実践して現実と格闘しながら答えを求めていかなくてはなりません。
 そういった様々な事を考える中、ある程度の収入的な足場を固める為、デザイナーとしてとある場所で昼は働いています。イラレやフォトショを使うウェブ関係の仕事です。
 今後も限られた時間で、NPO、モヒカンポシェット営業、昼の仕事、作品制作などを行っていきます。
 来年はより多く作品制作に時間を費やしたいと思っていますが、これも頑張らんとどうなる事か分かりません。予定としては初めての東京での展示を考えています。
 と言いながら、来年頭から一人、絵画を教える事になりました。これもどうなるかはまだ分かりませんが年頭に初レッスンが始まります。最近は積極的な募集はしていませんが、条件があえばどなたでもどうぞ。
 次々に新しいフェーズが出現しますが、一度に全てを望むパステル画家ですから、どれもきちんとこなしていきたいです。
 あ、来年はアートスイッチ バスツアー 2ndがあるのだった!年明け早々騒々しくなりそうです。
 サリュ
 
Led by large play castle Kumamoto, I've been the development of a variety of art this year.
Since May, I will not deny that they spend all one's time to play large, has become unbalanced deployment of production and his work in particular.
Large play from the end, was held in Kumamoto Chuo Machiya Shinmachi called "ya money" playing sitar Akira Matsumoto sponsored by charging Mr. kmac. Later, as a rehearsal of "express Albireo" theater, as a venue for dance performances and dance's creation Seiko Shiraki, we have been utilized. We have become early next year, and plans to run again as a place of plain wood from next year's creation.
I thought I would like to convert the image to a place that can be creation, the Machiya that money ya, I know the business from the platform of Beppu. There are a lot of money! I think so, I have managed to make a case. It is a business that does not know how to expand in the future. Please feel free to contact us.
Since the beginning of the end of the year, I have been given the opportunity to speak from the standpoint of the symposium panelists as representative director of NPO of "new public". In order to solve the social issues that can not be picked up by companies and government, what can I do good should we do if the NPO. Something that can be done in cooperation. Where the answer is no, the problem must be found to resolve themselves are abound.
Something that can be done from a cut of art.
Companies and government, have the power in the area of ​​expertise is immeasurable. In the field will not unrivaled. However, and it can not be solved by just expertise, it does not lead to profits has become a reality, as often seen. How do I do I do. Only have to re-design the existing force. To "re-design".
Accidentally, I thought of that at the time of the "creative city thinking" industry cooperation 働事 challenge of Kumamoto City Planning Division in the early part of this year, "Art and medicine" has been applicable to "re-design" exactly this. Improvement of quality of life (quality of life) has been declared from the World Health Organization QOL, where it is not in the medical field of the status quo. Before the problem of local health administration and keep up the contents of the medical fees are subject to change every year, with the change of definition of QOL is ambiguous Miokura is reality. I tried to set the question of whether what is art and artists can be there.
Not the answer, this is the only question. Not seek the answers to practice while wrestling with reality now I will not.
While a variety of such thinking, in order to gain a foothold a certain level of income, during the day I work as a designer in some place. Is the work of web to use and Fotosho Irare.
For a limited time in the future, I will do NPO, Mohawk pochette business, work during the day, and work production.
But next year I want to spend time creating more work, I do not know what will happen if it does not work hard too. As planned I'm thinking of the first exhibition in Tokyo.
She said, and one person from the beginning of next year, I was going to teach drawing and painting. New Year begins on the first lesson, but I still do not know what happens too. Although not the aggressive recruitment recently, please anyone if I meet the conditions.
Although the new phase appear one after the other, because it is a pastel artist wishing them all at once, I'd like to keep on top of any properly.
Oh, next year there was a bus tour art switch 2nd! Is likely to be noisy early next year.
Saryu

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2012年12月16日 (日)

熊本市現代美術館、熊本アートパレードに出展してきました!

 今回出展した作品は、未公開のうさぎの森というパステル画と、過去のエスキースを構成したものです。

 このうさぎの森は三部作で、エスキースの中に三部作が入っています。
 作品の右下には、ちょっとした言葉を付け足してあります。
 作品のテーマが「欲しくなる作品」という事でしたので、どうすれば欲しがってもらえるかなと考えて付け足してみました。
 この言葉を付け足してあるのはいいのですが、肝心のパステル画自体がほとんど見えないという状態にもしてあります。
 作品自体もブログに公開とかしていないので、判断の材料が一部失われている状態です。
 テーマに添えた事が今まであまりなかったので、今回は自分なりにいい感じにできたかなと思います。
 アンデパンダン展なので、全員が会場に飾られるという点が一番見逃せない点です。
 この作品は、これで完成形ではないので、どうなっていくかも楽しみですね。と、結構な事を軽く言ってみたり。
 今回の出展は出展した後も、入賞とか以外の楽しみを導入してみました。展示が終わるまでの期間全てを作品としたいと思います。
 この出展を通して、新しいコミュニケーションとか生まれると。面白いと思います。
 サリュ
 
 

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熊本市現代美術館、熊本アートパレードに出展してきました!

 今回出展した作品は、未公開のうさぎの森というパステル画と、過去のエスキースを構成したものです。

 このうさぎの森は三部作で、エスキースの中に三部作が入っています。
 作品の右下には、ちょっとした言葉を付けたしてあります。
 作品のテーマが「欲しくなる作品」という事でしたので、どうすれば欲しがってもらえるかなと考えて付け足してみました。
 この言葉を付け足してあるのはいいのですが、肝心のパステル画自体がほとんど見えないという状態にもしてあります。
 作品自体もブログに公開とかしていないので、判断の材料が一部失われている状態です。
 テーマに添えた事が

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2012年12月11日 (火)

アート話、様々な。

 12月9日(日)、偶然新町三畳美術館にアーティストのアートホーリーメンと、美術史家の小倉正史さんがおみえになり、半日程様々にアートの話をしました。

 偶然とはいえ、この三人だと普段は熊本ではあまりできないアートのハードコアな話が、それはもうたくさん出てきます。
 アートホーリーメンは以前に比べて、自分の作品世界に対する自己理解が進んでおり、現代日本のアートシーンのテクストで自分の作品世界の、構築における完成度がものすごく高まっています。
 日本のポップカルチャーとアートのテクストから、ホーリーマン世界はどう読み解かれるべきか、アーティスト自身から説明されると以前から知っている作品が新たな深度で迫ってきます。
 今回、アートホーリーメンの油画が新たに新町三畳美術館に収蔵されました。三畳美術館収蔵作品展をいつかできたらいいなと考えております。
 小倉正史さんに作品を見て頂いたのですが、日本のテクストでは描いていないねと言われて凄いなと感動しました。パステル画の作品は、数点しか手元になかったので、次は他の作品も是非約束通り見て頂きたいです。
 ところで、アートの話をしていると、アートプロジェクトのとあるリーダー達がかなりの割合で「左だから」という情報が入ってきますよね、皆さん。
 日本のアートシーンにおける政治的なテクストを、勉強不足で良く分かっていないのですが、こういう話しでは日米安保闘争後の政治的な人の流れを分かっていないとアートプロジェクトにおけるプロジェクトのビジョンを読み間違うのかもしれません。うすうすは分かっていたのですが、今後もうすうす分かっていればいいのかなと思います。
 ここ40年位は左傾化が進んできたのでしょうが、小泉政権が日本の社会の階級を変えて民主党政治はその路線で何も変更していないので、左的なイデオロギーが空洞化して弱者が弱者を叩く世界が顕在化してきています。
 こうなると、一気に右傾化するのがこの世の常で自民党の憲法改正草案の暗澹たる右傾化は(別に右が悪いと言っているのではなく、権力者による右への舵取りは結局権力の補強の方便になるだけでしょう)、民意の表れなのか別の真意があるのかこの足りない頭では理解できません。
 左右という考え方でアートのテキストを捉える事に、どんな意味があるのか、あまり真剣に考えた事がなかったのですが何か良い論文等なかろうか。
 この話は分からないまま書くと、ひどい事になりそうなのでここでやめます。
 来年は東京で個展をしようと思い、ホーリーメンに相談中。
 決まり次第ここでご報告を。
 サリュ
Come to see art and Holy Men of artists, art historian Mr. Masashi Ogura museum Shinmachi Triassic (Sun), December 9, by chance, was the story of art in various half schedule.
Said by chance, usually in Kumamoto story hardcore art that can not be much, but it came out a lot more and this three man.
Than in the past, art Holy Men self-understanding to the world their work is progressing, and has been growing tremendously mature world his work, in the construction of texts in contemporary Japanese art scene.
Work which is previously known from texts of Japanese pop culture and art, how the world should be decipher Holy Man, is described from the artists themselves looming new depths.
This time, Holy Men oil painting art is housed in a new museum Shinmachi Triassic. I believe that the hope that I could someday the museum collection exhibition Triassic.
I was impressed I who have seen your work to Mr. Masashi Ogura, and amazing, it is said in the text of Japan is not drawn. Pastel work, so there was no point in hand only a number, I want you to look at the next I miss the other works as promised.
By the way, you're talking about the art, certain leaders of the art project information "because it left" a significant percentage of incoming, everyone.
I do not know well at the lack of study, the text of governments in the Japanese art scene, in speaking such it is to read the vision of the project in an art project and do not know the flow of people's political post-conflict Japan-US security Maybe wrong. I think I had vaguely know is, and I wonder if you know a good inkling future.
Place 40 years here into left-leaning, but would've progressed, politics Democratic Party does not have to change anything in that route Koizumi administration to change the class of Japanese society, the weak weak ideological left by the hollowing hitting the world is becoming increasingly apparent.
When this happens, you drift to the right at once instead of saying that conservative swing gloomy draft constitutional amendment of the Liberal Democratic Party right is bad separately (in the way of the world, the steering to the right by those in power is expedient reinforcement of power eventually I can not understand this in the head missing whether there is another true meaning will only be in), or a manifestation of public opinion.
Is it any good papers or not that the idea of ​​capturing the text of the art in the left and right, whether there is any sense, I had never really seriously considered.
I stop here and write without knowing, this story is a going to be a terrible thing.
Next year I am going to an exhibition in Tokyo, in consultation to Holy Men.
Your report as soon as it is decided here.
Saryu

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2012年12月 9日 (日)

五美人図について。

 今年、一番影響を受けたのが熊本市の「チャレンジ協働事業」の創造都市を考えるの、プレゼン参加への下準備でした。

 熊本城下町大遊戯2012も、自分への影響という面から見れば大きいのですが、この創造都市を考えるという、思索としては過去最大規模の挑戦はとても意義がある事でした。
 先ず、日本がこれまでどういう発展をしてきたか、そこから調べ始めました。
 絵画作品を制作するのに、これまでは個人目線で斬り込む事をやってきたのですが、この事業のプレゼンをする事によって、自分がどういう日本の状況に置かれているかを、非常にクリアに考える事ができるようになりました。
 東日本大震災後で、さらに新たなフェーズに日本が入っていくときに熊本市は、どうしたら魅力的な都市として過ごして行く事ができるのだろうかと考えました。
 現在のわが国は、次々に新たな問題が浮き出ては置き去りにされ、決断すべきフェーズで誰も動かないという事を繰り返しています。
 それに対してアーティストとしてお前に何ができるのかと、20歳のころからずっと考えていて、結局大きい事は何もできないという無力感をそのまま絵にしてきたのです。
 どうしようもない現実というものがあります。
 アーティストとしての才能、プレゼン能力、ディベート能力、企画力。そういったものを持っていない事を、昔から痛烈に思い知っています。
 その時にどうするのか。
 何もかもを諦めて、自分の殻に閉じこもり、趣味的な作品を制作していくのも一つの手かもしれません。
 クオリティーを断念して、仲間と楽しくやっていくというのも(クオリティーを論じあうと必ず衝突しますが、熊本の現状を見渡して他人の作品のクオリティーに踏み込んでいるのはアートスイッチだけですそれでもゆるいですが)、楽でいいです。
 簡単に言って、自分にとって最高クオリティーの作品を制作する為には、日本の歴史、経済、アートのコンテキスト、ポップカルチャーのコンテキスト、世界の情勢、様々なものを意味も分からぬまま急ピッチで呑みこみ続ける事が必須です。
 この中でも一番軽視しているのはアートのコンテキストで、こればかりはどんなに呑みこんでもあまり意味がない気がしています。
 絵描きたい絵は常に明確にあるので、これがこうきて、次は、だからこうですという流れを知っても役にたたない。
 何を話しているのかというと、絵描きたい作品のテーマ、モチーフ(すでにこういうものが死んでいるのがアートの世界。アートテクストのリテラシーが今は一番重要というのは身にしみて知っているが、結局淘汰されます、それは。歴史に残るのはリテラシーという答えではなくて、問いなのはデュシャンがいきなり証明して、燦然と輝き続けている事実からも分かる)が激変したという事です。
 自分が世界に対して突き付ける事ができる問いとは何だ。
 今年はその事を明確に考える事ができるようになった年でした。
 今回制作している五美人図は、その足がかりになります。
 サリュ
 
 
 

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2012年12月 7日 (金)

四神「朱雀」五美人図、制作中。

 四神獣とも呼ばれる、青龍、朱雀、白虎、玄武。

 
 この四神をモチーフにして作品を制作中です。
 これまで、クラブに集う若者、みたいな括りでわりかし分かりやすく作品世界を構築してきました。それがNPOアートスイッチを立ち上げたあたりから、少しづつ絵描きたいものが変わってきました。
 
 それはそうでしょう。実際にクラブに行って、どうしてもクラブカルチャーを実見して描く、という興味は失せました。なぜなら、もうカラオケと同じ。クラブからは何も生まれない。若者が一過性の楽しみとして通り過ぎていく、そういう文化としてこの20年で定着してしまった。
 20年前、熊本に「クラブ」ができた時の、当時の若者としてのインパクトは凄かった。
 初めて行ったクラブで、いきなりイラン人と喧嘩になったり。カルチャーとして定着していないから、本当に訳が分からない奴らが、地方都市の中で初めて「ここにいてもいいかも」と思える空間だった。
 ライブハウスは、生音だから、気合い入れて行く場所で、「DJ」が流す音楽はそれとは違ったもう少しゆるい居場所感があった。あくまで、場の雰囲気を考慮した音楽をセレクトするという所から始まったから。
 当時の事を思い出すと、書きたい事が山のようにあるけど、今日はそういう事を書きたい気分ではないのであくまで絵の事を。
 今描いている「五美人図」中、まともに顔が見えるのは二人しかいない。それで何が美人だよと自分でも思うが、そもそも美人という定義が曖昧だ。
 あくまで、外見なのかね、美人というのは。
 そうだとしたら、あまりにも価値観が煩雑過ぎてよくわからない。今さら江戸時代と現代の美人観は違うと論じても面倒くさい。
 美人、とは何ですか。
 人間は皮の内側に内蔵を湛えた、一皮剥けば鮮血を噴き出す居た堪れない、そういう生物であるしかないだけの、血、そのものであるだけなのに。
 骨格が重要なんですか?
 どんな骨の形が好きなんですか?
 逆に聞いてみたりして。
 今絵にしている五人には、各世代の表層を担ってもらっている。
 葛飾北斎の五美人図は(福岡の確かボストン美術館展で見た!早く日本に戻って欲しい!)、同時代で会う事がない階級の女性を描いた。
 当時とんでもないコンテキストだと思う。天才。
 それをベースに考えた。
 現代の「五美人図」は、どうなる?
 詳しく言うと、ジェンダー論もかなり絡んできます。
 「そんな事を考えて絵を描くなんて、かなり変ですよね」と言われたことが過去何回かありました。
 そうかな。
 次の作品は四神「青龍」五美男図です。
 美人は人なのに、美男は男なんだな。
 さりゅ
 
 

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2012年12月 3日 (月)

コクリコ坂から

 ~を見た、というのが園子温監督の作品ばかりだったり、トロールハンターだったりしますが、今回はコクリコ坂から。

 この映画の決め手は「古い物を大事にしないで、未来なんてあるか」というセリフに集約されています。

 ドラマツルギー自体は、昭和ですね、という感じなのですが、全体の感じからいって耳をすませばと対になっているのかな?と思いました。

 あれは、市営団地が原風景という世代の映画でした。

 コクリコ坂からは、高度経済成長まっただ中をファンタジーにしてみせたという感じでしょうか。劇中では明治の建物が「古いもの」として扱われ、取り壊しの予定になるという話からスタート。

 新町に住んでいると、みにつまされる思いがします。

 そして、劇中で最も重要なのは、古いものを取り壊そうとしている人を「感動」させて心を動かすというシーンではないでしょうか。

 やはり、心を動かさないと、人は理屈では動きません。

 まちづくりの活動の肝は実にここで、誰かの感動を創造する仕掛けを考えなければいけないと思います。

 今日は「くまフェス」にアートホーリーメンと出かけるという、何というかある意味ファンタジックな一日でした。

 様々な動きがあり、まちはどんどん変化していきます。

 熊本は今後どんなまちになっていくのでしょうか。

 サリュ

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