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2013年2月

2013年2月27日 (水)

アートスイッチバスツアー2nd、今週末に迫る!

 アートスイッチバスツアー2ndがいよいよ今週の土曜日に迫ってまいりました。

 昨日、バスツアーのワークショップで「フォトモビール」制作の、岡松トモキさんと打ち合わせをしました。
 モビール自体がコンテンポラリーアートのジャンルである事を不勉強で知りませんでした。
 デュシャンが名づけ親だったとは。
 ワークショップは、参加される方にツアー中写真を撮って頂き、それをプリントアウトしてモビールを制作するというものです。※デジカメをご持参下さい。
 プロカメラマンの岡松トモキさんのカメラレクチャー的なものだけでも贅沢ですが、さらにモビール制作して、ツアーのおみやげになってしまうという嬉しさ!
 おしゃれでかわいいおみやげになること、間違いありません!
 さらに、高森フォークスクールにてダンス公演とダンスワークショップを開催する竹之下亮さんと小池陽子さんの、先行ダンス公演が3月1日(金)に開催されます。
 アートスイッチバスツアー2ndは、今回はまだ満席になっておりませんので、参加希望の方はお気軽にお申し込み下さい。
 今週末から、NPOアートスイッチは今年最初のアート企画ラッシュに入ります。
 サリュ 

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2013年2月26日 (火)

熊本城下町大遊戯2013

 というタイトルを上げてみましたが、白紙です。

 去年と違って、本当の白紙です。
 今年は、町全体で何かアートイベントを開催する、という形式は多分ありません。
 かね屋での展示を、何か企画するかもしれませんが、今の所アイデアはありません。今は目の前に迫っているアートスイッチバスツアー2ndと、アサヒ・アート・フェスティバル2013、モヒカンポシェットin天神イムズ「夏のリネン 夏のウール」展を開催する事に専念しています。
 アートイベントの企画運営を、ここ数年時間をかけてやってきました。
 金、ツテ、コネ、そういうものが全くなくてどこまで熊本という地方で出来るのかな。そう思っています。今でも。
 今は、協力して頂ける方々が沢山います。本当にありがたい事です。
 アートの企画や関わりの中で、ここ最近理想としているのはフランスのナントです。
 ナントが生み出すクリエーションの凄まじさ、強烈です。
 どういう経路をたどってもいい、あのクラスのアートのクリエーションを実現したい、熊本で。九州で。多分、端から見たら若干狂ってる事を言っているかもしれませんね。というか、全然見通しはたっていません。このブログを読んでいらっしゃる方々は、過去記事に書いてきた熊本のアート事情にも詳しくなられている事と思います。
 今現在の熊本のアートシーン、というものは実際には何もなくて、ただ気焔を吐き続ける事でのみ、注目を集める、だけです。
 これは一生を懸けた事業ですから、今すぐどうにかなるとは思っていませんが、少しずつ現実を手繰り寄せているところです。不可能、無理、非現実的、というのは分かりすぎるほど分かっていますが、やりたいんだから仕方ない。
 熊本でまだ誰も見たことがない景色を、みんなと一緒に見たい。アートという、最高なヤツで。
 その為に、生きてるのだから。
 過去も、今も、未来も。
 熊本城下町大遊戯という試みは、始まったばかりです。
 サリュ
 I tried to give the title, I'm blank.
Unlike last year, it is a real blank.
This year, there is no form maybe, something to hold art events throughout the town.
It might be planning something, the exhibition at ya money, there is no idea so far. Art and now the 2nd switch bus tour looming in front of us, we are dedicated to that exhibition, "wool linen summer" Summer Asahi Art Festival 2013, IMS Tenjin Mohawk Pochette in.
I've been doing over the past few years time, the planning and organization of art events.
I wonder how far it can be in the Kumamoto region without any money, contact, connection, something like that. I think so. Still.
Now, there are many people who are interested in helping us. Thankfully it really is.
Involvement in planning and art, you're recently is the ideal Nantes in France.
The Susamaji of creation that will produce Nantes, is intense.
I want to achieve what I can follow the path, the creation of art of that class, in Kumamoto. In Kyushu. Maybe, you might have to say that you are slightly crazy as viewed from the end. I mean, I'm not standing prospects at all. I think people Irassharu reading this blog, and that it is also more familiar situation of Kumamoto art has been writing about the past.
Thing called art scene, Kumamoto right now without any real content that keeps giving only just Kien, just attention.
Since this is multiplied by the life business, but do not think I will somehow right now, I have just been submitted Hauling reality little by little. I know you know all too impossible, unreasonable, does it, unrealistic, it can not be helped, because I want to do.
I want to see with everyone, the scenery never saw anyone still in Kumamoto. Of art, the best guy.
For that reason, because I am alive.
Past and, even now, no future.
Large play castle town of Kumamoto trial has just begun.
Saryu

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2013年2月24日 (日)

【かね屋情報】3月9日(土)白木聖子さん、コンテンポラリーダンス公演&写真展開催予定。

 昨年11月に開催した、白木聖子さんのコンテンポラリーダンス公演ですが、今回再び開催予定です!

 3月9日(土)に、熊本市中央区新町の町屋「かね屋」にて。
 時間等の詳細はまだですが、分かり次第後報告致します。
 今回の公演には、前回公演で撮影した写真を展示する写真展も公開予定との事です。かね屋もどんどん面白い展開になって参りました。
 今年の秋には、アートスイッチ主催の熊本城下町大遊戯名義でなにかアートイベントをかね屋で開催できたら、と考えていますが、まだ全く何も決まっておりません。
 かね屋の活用は、ゆる募致しております。何かありましたらご連絡下さい。
 話は変わりますが先日長崎に行ってきました。
 初めて、三菱重工長崎造船所資料館に行きました。日本の造船技術の進歩と共に、三菱の歴史があります。戦艦武蔵のコーナーに熱くなりました。当時武蔵の情報は極秘の為、写真は2枚しか残っていません。
 特攻兵器回天「咬龍」、実戦未使用のイラストや、魚雷の展示など軍事目的の実物は目的の是非はともかく機能美の一言に尽きます。
 さらに話は変わりますが、アサヒアートフェスタ2013の準備にそろそろ取りかからなくてはいけません。企画プレゼンですね。
 C.A.P.Tの企画も形にしなくてはいけません。
 来週土曜日は、3年ぶりのアートスイッチバスツアー2ndの催行です。
 3月16日から天神イムズにて、モヒカンポシェットの展示販売を開催予定です。
 ざっとアートやその他諸々の企画予定でした。
 サリュ

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2013年2月21日 (木)

C.A.P.Tというトライ。

Contemporary Art Project Team = C.A.P.T
 山口情報芸術センター10周年企画にメディアアート企画を応募するために立ち上げたチームです。
 メディアアートというジャンルには完全に素人ですが、いつも何かにトライするときはそのジャンルには素人です。町でアートをやるとか、そういうことにです。
 チャレンジ協働事業とか、今回の企画とかAAFにトライする理由は自分の中にある「枠」を壊していくためです。
 アートに限らず、何かに専念していると、その「枠」で少し成功体験をすることがあります。そうすると、その小さい経験をもとに次の企画なりを考えるようになるのですが、それがすでに「枠」だと思っています。
 そういうものは打ち捨てて、次の新しい経験をすべきなんです。特にアーティストを名乗るなら。自分の「枠」を拡大し続けることでしか、先へは進めません。
 今回のトライも同じで、失敗するかもしれませんが、この企画に挑まなかったらオーガナイザーとしてはここ止まりです。
 町にアートを手段に、積極的に介入していく方法を真剣に考えるいい機会ではないでしょうか。山口も熊本以上に地方特有の事情を持っているところです。
 日本の地方都市全体を覆う、ある種の共通の問題を取り上げて考えています。
 フェイスブック上で、アート企画を立ち上げる為の資料やメモを丸ごと置いてあります。どうやって企画をまとめていくかを完全公開中です。
 なぜそうするのか。企画をまとめていく手法は問題じゃないと思うからです。必要なのは「角度」です。
 自分なりにどの「角度」から町へ入っていくのかを探るために、色々な方の角度を聞いてみたかったのですが、今のところあまりにもとっちらかり過ぎて、わけがわからなくなっていますね~。
 ジャンルや問題を横断していく手法を、新しく考えていく為には、一度問題の構造を解体する必要があるので、そのためのプロセスなのです。
 今ちょっと時間が足りなくて、もっと広く深く調べる必要があるのに滞りがちですが、どうにか企画を立てて応募したいです。
 サリュ

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2013年2月17日 (日)

アートスイッチバスツアー2nd、今回は大津~久木野~高森を巡ります。

 3年前のツアーは、南阿蘇村~大津~玉名と巡りました。

 今回のツアーは大津(アサヒ鉄工アトリエ)~久木野(久木野窯)~高森(高森フォークスクール)と、ほぼ阿蘇周辺を巡るアートバスツアーとなります。
 3月上旬ということもあり、まだまだ阿蘇は寒い事が予想されます。温泉入浴後(入浴するしないはお選び頂けます)にダンスワークショップを行いますので、なるべく動きやすく暖かい服でお越し下さい。
 女性の方はスカートではなくパンツスタイルをお勧め致します。
 写真のワークショップを行いますので、お手持ちのデジカメをご持参下さい。お持ちでない場合は携帯電話のカメラでも代用できる場合があります。両方無理という方は、こちらでお撮りした写真を使用する事をご了承下さい。
2nd

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 まずアサヒ鉄工のZUBEさんのアトリエを見学致します。熊本が誇る、鉄のジャンクアーティストです!様々に表情の変化を見せる鉄の作品が、どのように制作されるのか、是非自分の目で確かめられて下さい!
 次に久木野窯さんで、素焼の器に染付のワークショップを楽しまれて下さい。普段なかなか窯元さんを見学する機会はないと思います。私たちが普段使っているうつわなどが、どういうふうに出来ていくのか、見てみましょう。
 昼食には阿蘇白水温泉、瑠璃を予定しております。温泉も入浴できる時間を予定していますので是非楽しまれて下さい。
 次に向かうのは、高森フォークスクールという、もとは木造の小学校跡地を、現在では様々なイベントに活用されているスペースです。
 ここでは、熊本が誇るコンテンポラリーダンサー、竹之下亮さんと、日本のみならず世界で活躍中の小池陽子さんがダンス公演「ざま」を開催されます!
 公演後には、ダンスワークショップを行います。体を動かしてみて、ダンスを身近に感じてみて下さい。
 ダンス終了後には、フォトグラファーでありアーティストである岡松トモキさんによるフォトモビールを作ろうというワークショップを行います。
 このワークショップを行う為に、事前にご持参頂くデジカメでバスツアーの写真を撮って頂きます。アサヒ鉄工さん、久木野窯さんで、写真を撮って頂いたデータを、昼食時に渡して頂きます。
 そのデータを出力し、高森フォークスクールの教室で、フォトモビールを作ります。バスツアーの楽しい思い出を、モビールにしておみやげにお持ち帰り下さい。
 という、盛りだくさんのアートイベントバスツアーになっております。
 料金は、お一人一律 4,800円 です。
 参加のお申込み
 080-4288-8882
 npo.artswitch@gmail.com
 までご連絡下さい。
 その際は、お名前、ご住所、電話番号をお送り下さい。資料を送付させて頂きます。
 参加料金は銀行振り込み、郵便振り込み、当日お支払いからお選び下さい。参加お申込み後、資料送付させて頂きますので詳しくはそちらをお確かめ下さい。
 その他、不明な点がありましたらお気軽にお問い合わせ下さい。
 バスツアーには、NPOアートスイッチのアーティストがバスガイドとして同行致します。さらに、竹之下亮さんと小池陽子さんがツアースタートからサポートして頂けるそうで、ファンの方にはとてもお勧めです!
 皆さま、お誘い合わせの上、是非ご参加下さい!
 サリュ


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2013年2月15日 (金)

プリンセス トヨトミ

プリンセス トヨトミ、これはいい本です。
 他の人の書評とか読んでみました、久しぶりに。
 荒唐無稽とか、色々書かれていましたが、どうしてこの本を読んで天皇制の話が出てこないのか少し不思議でした。
 普段日本人は天皇制という壮大なファンタジーの中で生活しているのに、それをダウンスケールしてコメディータッチで描いた作品を認める、認めないもないと思います。 
 天皇制自体が壮大な荒唐無稽で、それを保ってきた日本人の本質とは何だろうという答えをひとつ提示してきたという意外性に打たれました。
 こういう事を書くと、すぐ右だ左だとなる訳ですが、これはそういう区分けで書きたくなかったので豊臣家を引っ張り出してきたのかなと思います。
 「保守」なんですね、まさに。この本の本質は。
 「保守」というのは言うまでもなく、人の営みの中にある伝統、しきたり、儀式、という共通認識を民族の中で共有することです。
 この共有認識の規模の違いを法制度化したのが、都道府県制であり、国家だと、そういう当たり前のことをこういう風に書かないと「保守」が立ち現れない時代なのかと気付かされます。
 神道の本質がこの本の中にあります。
 これは普段生きていても、なかなか認識できない日本人の無意識に織り込まれたものです。
 大阪国の本質は、国、民族という「保守」の根幹のみでした。自分たちは豊臣家の末裔を守る、同じ国の人間であるという事のみ。
 ここに清清しさを感じました。とてもシンプルです。
 と同時に現人神という存在を選んできた、民族の総意(日本のエートスとでも言うのか)が同一共同体に属する事、それ自体喜びであるという一事に尽きることを浮かび上がらせてもいます。
 さらに言うなら、日本の中にさらに別のプチ天皇制を組み込むことで今書いてきた近代日本人の「保守」性に、大阪国というクラックを入れてみるという斬新な試みが行われています。
 この試みは、松平という人物が代表して引き受けていますが、父親が大阪国人だったという結末で深くは追求されず終わってしまいますが、大変面白い問いだったことは間違いありません。
 というか、多分、標準的な日本人であるならこの試みに答えを出せるはずがないと思います。
 出したところで、多分とってつけたような結論になってしまうでしょうね。
 一読をお勧め。
 ところで熊本にも熊本国が…
 サリュ
 Princess Toyotomi, this is a good book.
I tried to read book reviews or other people, for the first time in a long time.
Or absurd, variously has been written, I was wondering whether the little story of the Emperor system こ out why not read this book.
I think that the Japanese usually to acknowledge the work has been living in fantasy ambitious emperor system, drawn by comedic scale it down, or else not permitted.
It was struck by the unexpected nature of the Japanese people in a magnificent absurdity, it has maintained the emperor system itself is one that has been presented that would be what the answer.
I think there is reason to be writing such things, and I left it right now, I wonder if this is've pulled out the Toyotomi family did not want to write in such a division.
It is what "maintenance", exactly. The essence of this book.
The "Maintenance" is, of course, it is to share a common understanding among ethnic traditions found in the life of people, tradition, and ritual.
It is reminded of was institutionalized law the difference between the size of the recognition this share is the system state, and whether an era in which the "Maintenance" If you do not take do not appear up to the wind such that if a nation, natural way.
There is in this book is the essence of Shinto.
This is what has been woven into the unconscious of the Japanese even if they usually live, can not be recognized easily.
The essence of the country Osaka was only country basis, "Maintenance" of the nation. Can only protect themselves descendants of the Toyotomi family, it is said to be a man of the same country.
I feel Sugasugashi here. It is very simple.
I'm also highlights that all comes down to one thing that you have chosen the existence of a living god at the same time, (or say and even ethos of Japan) consensus of the nation belongs to the community the same, that is a joy in itself.
Say further, attempt novel in nature "maintenance" of Modern Japanese we have written now by incorporating the emperor system Petite yet another in Japan, and I put the crack of country Osaka has been carried out.
This attempt, although undertake on behalf of a person named Matsudaira, but ended up not being pursued in depth in the end that it was his father Osaka foreigners, there is no doubt that was a very interesting question.
I mean I think, perhaps, that there is no attempt should put out the answer to this if the Japanese standard.
Now that you put out, you might result in conclusions probably haphazard.
Recommended reading.
By the way the country is also in Kumamoto in Kumamoto ...
Saryu

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2013年2月13日 (水)

あらためまして、NPOアートスイッチは、アサヒ・アート・フェスティバル2013ネットワークに参加します。

 ASAHI ART FESTIVAL 2013 にネットワーク部門として参加が決定致しました!
 NPOアートスイッチとして、活動を始めて4年目にして全国区のネットワークに初参加します。
 活動時期的にもちょうどいいと思います。
 ショッピングモールでのアートイベント、アートスイッチとして産声を上げた活動が様々に展開しています。ただ今進行中のアートバスツアーもその一環です。
 昨年は熊本市中央区新町・古町にて「熊本城下町大遊戯2012」というアートイベントを開催する事ができました。
 町とアートの可能性とは何だろうという問いです。
 まだまだ小規模で、課題も山のようにありますが、町の方々と一緒にアートイベントを開催できたという意味では大きな一歩が踏み出せました。
 NPOアートスイッチという枠組みで本当に様々な方々の協力や支えのおかげで、この4年間の活動ができました。プロジェクトとは、こんなにもミッションがあるのかという程、毎回問題が出てきます。協力して頂いた皆さんの驚くべき献身で、もう駄目だと思ったとき(毎回10回位、きつくて企画を放り出しそうになります)問題を乗り越えられたという経験が数え切れないくらいあります。
 アートスイッチとは、熊本の可能性が生んだアート活動と言って過言ではありません。
 その活動の積み重ねを、いよいよAAFにて全国のアート組織に知って頂く機会とともに、他の組織の活動やネットワークを知る事で、もっと広域かつ深いアート活動ができるようになればと思います。
 実際、ここまで来るような活動になるとは、発足当時思ってもいませんでした。熊本でのアーティストとしての居場所をひとつつくりたいと、思っていただけです。
 アートスイッチという名前もまだないころ、新町三畳美術館目の前のマンションの一室に森口慶一氏というイラストレーターが住んでいて、夜な夜なメンバーで集まって企画を立てていたのを思い出します。
 そう、アートスイッチというのは実は新町生まれなのです。
 早くも来月、AAFネットワーク会議が開催され、東京に行きます。
 わくわくします!
 サリュ
Participation was decided as a department network ASAHI ART FESTIVAL 2013!
Art as NPO switch, the first time we participated in the nationwide network by the fourth year you began.
I think also just the right temporal activity.
Has developed in various activities art event at a shopping mall, was born as an art switch. Art Bus tour is part of ongoing now.
I was able to hold the event at Art-Shinmachi Furumachi Kumamoto Chuo-called "large play castle Kumamoto 2012" last year.
The town and with the possibility of art that would be what it is question.
Still small, there are some issues like the mountain, was a major step in the sense that I was able Fumidaseru art event held along with the people of the town.
Thanks to the support and cooperation of so many people really, I could over the last four years in the framework of the activities of NPO art switch. Extent of whether there is a mission so much, and the project, the issue comes out every time. Some experience that was overcome (ranked 10 times each time, and it seems to have abandoned the project tightly) the problem countless amazing devotion when everyone was asked to cooperate, I thought I was a goner.
Switch is art, it is not an exaggeration to say that the possibility of art activities Kumamoto has ever produced.
I think we know that along with the opportunity to arts organization nationwide at AAF finally, a stack of its activities, by knowing the network activities and other organizations, and if they can be more broad and deep art activities.
In fact, such activity is going to be coming up here, I did not even think inception. Want to make one place as an artist in Kumamoto, only I thought.
When I do not remember the name of art switch yet, illustrator of Mr. Keiichi Moriguchi lived in a room in the apartment in front of the museum Triassic Shinmachi, the planning had been freshly gathered every night a member.
Yeah, that's the art switch Shinmachi actually born.
Next month, AAF network meeting will be held soon, to go to Tokyo.
I'm so excited!
Saryu

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2013年2月 9日 (土)

アートスイッチバスツアー2nd、参加者が増えてきました。

 約3年ぶりにアートスイッチバスツアーを開催致します。

 なかなかアーティストのアトリエを巡るツアーなどはありません。
 作品だけでなく、アーティストと触れあう事でもっとアートを、身近に感じて頂こうという企画です。
 陶芸、鉄(ジャンクアート)、コンテンポラリーダンス、写真と、多彩なアーティストをご紹介致します。
 昼食と温泉が、コースに入っていますのでくつろぐ時間もあります。
 バスガイドとして、アーティストが同行致します。
 当日は移動時間から楽しい企画をご用意致しました。
 参加人数に限りがあいますので、お早めに申し込み下さい。
 npo.artswitch@gmail.com
 080-4288-8882
 にご連絡を頂ければOKです。
 ツアー料金は4,800円となっております。お支払いは、当日がお勧めです。銀行振り込みは、手数料を御負担頂く形になる為です。
 2nd
2nd_2

 サリュ

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2013年2月 7日 (木)

AAFの選考結果が、アートスイッチの今年の動きを決めるでしょう。

今年から来年にかけての動きを占うのは、もうすぐ選考が始まるアサヒアートフェスタの参加が決まるかどうかです。
 決まったら、もうけた!位の気持ちでいます。
 最近NPOの動きに関しては、平常心のようなものが出てきました。どういう状況であろうと、一歩ずつ進んでいくしかないですから。気負い込んでも、だらけても駄目で、淡々と進めていくのがいいようです。
 AAFが決まれば、熊本城下町大遊戯2013を企画します。
 決まらなかった場合は、開催規模は小さくなるでしょう。
 そのときは何をしようかと。
 今年はあまり先のことを、細かく考えないようにしました。
 NPOとしての企画は、もしかしたら来年凄く大きい企画を立てることになりそうな「流れ」を感じます。
 こういうときは、経験上ジタバタせず、「流れ」を見極めたほうがいいです。
 前と違って今は仕事の「流れ」が半年スパンだったりするので、すぐにアレコレ動くよりも待つ時間が出てきたりします。
 この待つは、先日ブログで書いた待つではありません。人と人、組織と組織間の意識のすり合わせ期間と書いた方がまぎらわしくないかも知れません。
 お互いの立場の人が、ある案件を話し合って組織に持ち帰り、検討しあって結論に至るというやりとりは、企画営業の仕事の方には極当たり前のことでしょうが、この一連の流れを体で覚えたのは最近のことです。
 アートの企画であっても、他の組織と協働で動いていくときは、何ら一般企業とかわるところはありません。
 なるべくお互いにストレスフリーで、行きたいですね。
 今年NPOの動きが少なくなった場合は自然、櫻井栄一としての活動にウェートが移ることになります。
 今段取りをしているNPOの企画が全部決まれば、それどころではない騒ぎになるのは確実ですが、多分来年になる企画があるはずです。
 これでAAFに選考されなかった場合は、今年のNPOの企画はあまりないという感じになります。自発的に動く企画は、といった意味です。
 何か企画が持ち込まれれば、その都度対応といういう形になります。この間のかね屋での「アニマルエイジ」のような場合です。
 
 
 今年は年末に東京で個展を開催したいので、その準備に取り掛かりたいと思います。それまでにS100号サイズのパステル画をあと3点制作したいと思っていて、1200時間くらいでどうにかならないかと考えているところです。もう2月なので、頑張らないといけませんね。
 サリュ
For predicting the movement of over the next year from this year, participation in the selection Asahi Art Festival begins soon determined is whether.
Determined, I fathered! I have a feeling of place.
With respect to the movement of the NPO is like a normal heart came out recently. No matter what the situation, because it is not only go one step at a time. Go into pursuing a useless even eager, even lazy, indifferent I seem good.
AAF is determined, organized a large play castle Kumamoto last year 2013.
If you have not decided, will be held in a small scale.
At that time, and what I try to do.
I tried not to think of fine things, too far ahead this year.
Planning as NPO, feel are likely to be making a very big project next year maybe the "flow".
When such, better to assess the "flow", struggling not let on you is a good experience.
Now the "flow" of job or even a span of six months because unlike before, the time to wait than Melia move immediately or I come out.
This wait, I'm not waiting wrote in a blog the other day. I do not know who wrote the approximation of the consciousness and the period between people, between the organization and the organization may not ambiguity.
Exchange people stand each other's, bring back to the organization to discuss the projects there, leading to the conclusion that mutual consideration, towards the work of the business plan, but would be a matter of course very, remembered in the body the flow of this series was is that recent.
Even in the planning of art, when we work in cooperation with other organizations, where there is no change with any general business.
In the stress-free as possible to each other, I want to go.
So that if you have less movement of the weight is transferred to the activity this year NPO nature, as Eiichi Sakurai.
NPO is planning certainty that all the arrangements now Once you have decided, is of much ado is not far from it, there should be a plan to be probably next year.
Will feel when it is not in this selection to AAF, the planning for this year is that not much of NPO. Means, such as, planning to move spontaneously.
If planning brought something to say that will shape corresponding case-by-case basis. It is a case of "Animal Age" of money in the shop the other day.
I think this year we want to hold a solo exhibition in Tokyo at the end of the year, I want to begin their preparation. I think that is where I would want to create three more pastel point of size No. S100 so far, and I will not somehow in about 1200 hours. Since February already, do not do not work hard.
Saryu

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2013年2月 6日 (水)

1998年。

 1998年、熊本でアートの活動を始めたときには、熊本のアートシーンの絶望的な何もなさに「一生うだつが上がらなくても、熊本でやり続ける」と勝手に気負いこんでいました。
 どこで作品を発表しようかと、周りを見渡したときに、熊本での発表の場の基本的な主戦場は画廊喫茶でした。
 
 よく考えもせず、何度か画廊喫茶で作品を展示したことがありますが、作風なのか気質なのか、収まりが悪くてここでの発表はやめてしまいました。
 今でもそうだと思いますが、ヒエラルキーがあるし。
 ~絵画会の~長とか、エライ人が一杯いました。
 こういう世界が、熊本でのアートの最大派閥かと理解したときに、自然に距離を置きました。
 誰かに師事を仰ぐことも、無理。個人的な気質なのでどうしようもありません。
 九州産業大学の芸術学部にいたときも、一人だけ浮いてたそうです。最近当時の友達と話していて、そういう風に言われてビックリしました。「やる気がなさそうだった」と。
 才能はなくても、やる気と覚悟だけはあったのにと思っていたら、「技術の習得に無関心だった」と。
 それは今も結構同じだと思い、苦笑いでした。
 当時いた学科は、総合造形でした。現代アートに対応した学科で、表現の領域を横断するという考え方に、初めて出会いました。絵画、彫刻、建築、音楽、その他諸々を横断していくのだと。
 1994年当時、世界が突然全く違うものに書き換わりました。
 90年代前半、熊本県立熊本西高等学校の美術部にいました。学校の図書館には現代アートの「げ」の字もない程、古典的な本しかありませんでした。アートの情報環境の貧困さは、今となっては笑い話です。
 18歳にして、初めて知った、印象に残っていること。
 現代アートという、アート史。デュシャンからミニマルに至る流れ。
 インスタレーション
 ドクメンタ、ヤン・フート(この影響は大きい)
 クリスト(スケールの大きさに)
 インターネット(出回り始め)
 など。
 この時期、大学4年間を通じて、ほとんど何の「技術」も身につけませんでした。
 技術より、1994年当時の世界や日本で起こっているアートの事象とは何なのかを正確に掴みたかった。本当に、福岡でもまとまった情報がなくて、困りました。
 大学4年間を費やして、何をしていたかといえば、70年代までのアートの流れをひたすら追っていました。だいたいルネサンスから始めて、建築や音楽、様々に、興味のおもむくまま何でもかんでも詰め込んでいた気がします。
 本来課題とかをやる時間も、適当に片付けてとにかく図書館通い、みたいな生活では周りの学生から「やる気ない」生徒に見えてもしょうがなかったでしょう。現代アートを知れば知るほど、これから世に出てアーティストと名乗った時に武器になるのは、現代に至るまでのアートのテキストと、それを踏まえたうえで自分の頭で考えるという訓練だと考えるようになりました。
 特にクリストに興味が至ったとき、アートというものが自分が想像していたものと明らかに違うことを、はっきりと悟りました。思考闘争なのだと。
 この一連の、膨大な無駄な時間(当時自分ではそう思っていました)が、15年経った今では無駄ではなかった。
 4年間で頭が現代アートでパンパンになった頃、本屋の雑誌コーナーでフェルメールの「真珠の耳飾の少女」と「再会」します。この絵は昔から知っていました。
 何度も書いてきましたが、衝撃が胸を貫きました。
 絵だろ。
 これからアーティストとして心中するなら、絵とだ。
 それしかない。
 大学4年の卒業制作の作品は、光を使ったインスタレーションを半年かけて予定していましたが100号のパステル画に変更しました。
 当然、周りはびっくりしました。3年以上絵を描いてない状況でしたから。
 技術もなにもなく、闇雲に描いただけの絵でしたが、熊本で初個展したときに売れました。3万円程度でしたが、驚きました。初めて会った人でした。
 もうあの絵はどこにいったのかは分かりません。
 1998年から、自分である程度納得いく絵が描けるようになるまで4年掛かりました。技術の習得を、大学卒業して自力でやりました。パステル画の描き方なんて学校ではまともに教えてくれません。アカデミックな世界では、洋画は今でも油至上主義ですから。画材差別があるのです。
 どうでもいい事ですが。
 1998年から10年位は、全く何もない中を手探りでやってきました。
 最近やっと、熊本にもアートの表現場所というか、極小のアートシーンが見え隠れし始めています。
 これを生かすも殺すも自分次第、自分たちでやるしかない。
 待っていても何も起こらないのだから。
 サリュ
Was crowded eager freely to the name "Udatsu life even if not increase, keep doing in Kumamoto" nothing desperate art scene in Kumamoto when in 1998, began working in the art in Kumamoto said.
When and where I will publish the work, looked around, it was the main battlefield Tea Gallery announcement basic field in Kumamoto.
It may heedlessly, exhibited work in several gallery cafe, or a disposition or a style, I've quit the announcement of fit here is bad.
I think so still, then there is a hierarchy.
Of the Board or to long-painting, were full of great people.
When the world is like this, or was understood largest faction of the art in Kumamoto, I was naturally at a distance.
And the people who call each other a teacher - and I thought I would not hit it off maybe a lifetime. Also seek studied with someone, impossible. What I'm trying to, so there is no personal temperament.
When we are in the Faculty of Arts of Kyushu Sangyo University, I am the only one who seems to have floated Te. I was talking recently with a friend at the time, I was surprised to be told that way. "It was unlikely to be motivated."
I thought even without talent, but only prepared and motivated and there was, I was "indifferent to the acquisition of technology".
I think it is still quite the same, I was a bitter smile.
Department who was at that time, was a comprehensive modeling. The Department of the idea that correspond to contemporary art, and to cross the area of ​​expression, I met for the first time. And I would go to different countries across the painting, sculpture, architecture, music, and more.
I've rewritten to those at the time in 1994, the world suddenly completely different.
The first half of the 1990s, I was part of the school, such as art Nishitaka Kumamoto Kumamoto Prefecture. In the school library is not about the character of "bending" of contemporary art, there was only the classic book. The poverty of the information environment of art, but now is a joke.
That remains at the age of 18, I learned for the first time, the impression.
Of contemporary art, art history. Leading to minimal flow from Duchamp.
Installation
(This effect is large) Documenta, Yang Foot
(The magnitude of the scale) Christo
Internet (started around)
Such.
During this period, through four years of university, was not wearing any "technology" almost nothing.
I wanted to more accurately grasp technology and art events going on in the world at the time, and Japan in 1994 to what. Indeed, if there is no information that was organized in Fukuoka, I was at a loss.
Speaking spent four years of university, what I had been, I was earnestly follow the flow of the art until the 1970s. I feel that starting from the Renaissance For the most part, architecture and music, in various ways, had packed everything I would be interested dictates.
Was not ginger would have time to do the task or the original, even when they appear in the library returnable life, just like the "no motivation" from students around the students put away properly. So that I think becomes a weapon when the more we know about contemporary art, identified himself with artists out into the world now, and it training text and art down to the present, and think for yourself on that based on it made.
When you came to Christ especially interested in, I realized clearly that clearly different to that thing called art he had imagined. It's a struggle and thinking.
I was not in vain by now that this series of (in those days I thought so myself) a huge waste of time, 15 years later.
When I became head overflowing with contemporary art over the past four years, the "reunion" and "Girl with pearl earrings" Vermeer's magazine in the corner of the bookstore. This picture has been known for a long time.
Has been written many times, I was shock through the chest.
Probably picture.
They commit suicide together now as an artist, it's a picture.
No choice.
I was changed to No. 100 pastel works of a four-year college graduation, had been scheduled to spend six months with a light installation.
Of course, was surprised around. Because I was a situation that does not draw more than three years.
Technology without anything, it was the only picture I drew blindly, I was sold when you first solo exhibition in Kumamoto. It was about 30,000 yen, it was surprised. I was the one who met for the first time.
I do not know where that picture is what is already gone.
I took four years from 1998, a picture of convincing yourself to some extent until it can draw. I did it on their own after graduating from college, to learn the technology. At school I will not tell us how to draw a decent pastel. In the academic world, because Western supremacy is still oil. I have art supplies discrimination.
Although it is a good thing anyhow.
Place 10 years, came in fumbling in nothing at all since 1998.
Finally, place or rather the representation of art, minimal art scene is starting to glimpses I also recently Kumamoto.
Not up to you, only do kill themselves as well take advantage of it as well.
Because I do not happen anything waiting.
Saryu
 

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2013年2月 5日 (火)

町屋の可能性について。

 熊本市の歴史地区、新町・古町には職住一体型の建物「町屋」が400軒程存在します。

 西南戦争で焼け野原になり、その後再建された為、最も古いものでも築130年です。
 歴史的建造物としては、中途半端に古い。
 そこがとてもいい。
 これが先祖代々300年の建物であれば、おそらく古式ゆかしい建築物を頑張って残してきましたという風情で、何かの歴史的な遺産として登録とかされるのでしょう。
 でも、熊本の町屋はそうではない。
 時代が近代化していくにつれて、使いやすいようにどんどん工夫なり変化が施されていて、そこに住んでいた人の息吹を確かに感じられるのです。
 私が住んでいる町屋も築100年ですが、風呂は自動です。トイレも洋式、キッチンも使いやすいように改築してありました。これが熊本の町屋のいいところです。
 今、その町屋が朽ちていこうとしています。
 朽ちて行く美しさもあります。だいぶマニアックですが。
 その朽ちていこうとしている町屋「かね屋」で現代アートの展示、アニマルエイジが開催されました。
 これがどういう事なのか、今はまだよく分かりません。
 熊本において、現代アートの「状況」は全くないに等しいからです。批評どころか、展示場所や表現する場所もありません。
 その中で、今回の展示は、何かが始まる予感を濃厚に秘めています。
 今回アニマルエイジに参加されたアーティストは、かね屋の可能性に気付かれたのではないでしょうか。言い換えれば町屋の可能性に。
 今後、どうかね屋でクリエーションが行われるかは全く未知数です。
 以後の予定も入っていませんし、無理やり何か予定を入れる事もしません。
 かね屋は皆さんの創造的な活動をただ、静かに待っています。
 そこには無限の可能性があります。
 サリュ
Historical center of the city of Kumamoto, Furumachi-Shinmachi the "Machiya" building integrated housing job exists about 400 hotels.
In order to be burned in the Satsuma Rebellion, was rebuilt then, is also the oldest built 130 years.
As a historic building, the old half-assed.
There is very nice.
If this is the building of the 300-year-ancestral, taste it has left in luck delightful traditional buildings probably will be registered as a historical heritage or something.
But this is not the case Machiya in Kumamoto.
As we age the modernization, changes have been made will be more and more ideas to make it as easy to use, it's certainly feel the breath of the people who lived there.
It is also 100 years old Machiya where I live, is automatic bath. Had been renovated to be easy to use Western, toilets and kitchens. This is the best thing about Machiya in Kumamoto.
Now, Machiya that I'm trying to go rot.
There is also a beauty go rot. It is a lot maniac.
Exhibition of contemporary art in the store "Kaneya" Machiya trying to take its decay, animal age was held.
This is what it means, but now I am not sure yet.
In Kumamoto, it is because equal "status" of contemporary art in no. There is no let alone criticism, exhibition place or a place to express.
Among them, the exhibition has been hidden in a thick feeling that something begins.
Artists who participated in this animal age, what was not aware of the possibility of Kaneya. In other words, the possibility of Machiya.
Future, or if the creation is done in the shop bell is totally unknown.
It does not contain any plans after, I do not even plan to put something by force.
But the creative activities of everyone, ya money is waiting quietly.
There are endless possibilities there.
Saryu
 

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2013年2月 3日 (日)

【最新イベント情報!!!】アートスイッチバスツアー2ndの詳細です!!!お早目の予約をお勧めします!

 3年ぶりに企画したアートスイッチバスツアーの内容をご紹介致します!

2nd_2
2nd
 
 アーティストのアトリエを見学させて頂き、ワークショップをアーティストから直に行って頂きます!
 参加申し込み後、振り込み希望の方は口座番号をお知らせ致します。※手数料の御負担をお願い致します。
 当日料金を現金でお支払いになっても結構です。
 前回の1stツアーでは34名の方がご参加されました。
 今回は、アーティストともっと密な関係ができればと思い、参加人数20名とさせて頂きます。
 料金は4,800円、大人、子供、同一料金です。
 ご予約は 080-4288-8882 櫻井までか
 npo.artswitch@gmail.com へご連絡下さい。
 ※出発は熊本交通センターとなっていますが、近隣の場所へ変更の可能性がありますのでご了承下さい。
 参加人数が20名です。先着順となりますので、お早目の申し込みをお勧め致します。
 ツアー催行が楽しみです!
 サリュ

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2013年2月 2日 (土)

ゆっくりと。でも止まらずに。

 エアポケットのような週があります。

 色んな企画の、当面の目途が立ちそうな週です。
 アート企画を様々に行っていますが、それで生活が立ちいく訳ではありません。普段は普通にデザインの仕事をしています。
 アート企画では赤字は出さない、という位のもので全く収入には結びついていません。
 熊本で金銭的な持ち出しがなくアート企画を進めていけているだけで、実は大変なのです。NPOアートスイッチは、企画したイベントへの参加作家に制作費を(恥ずかしいくらい微々たるものですが)出していくという方針で企画します。
 普通のこういった企画は、参加費を取る場合が多いのですがそれはこれまでした事はありません。
 私の場合、絵描きとNPOの理事という両面があるのですが、NPOとしてはこれからも何とかアーティストへ制作費を出したいと考えています。
 もし出せなくて、参加協力をお願いする場合は、なにがしかのメリットを条件にしたいと思います。
 こういう事は、当たり前のようでいて実は以外にそうではない事が多いのです。
 アート企画予算を立てる時の収入ベースに、参加アーティストからの参加費を予定せず、収入を確立する難しさはどう言ったらいいのか。
 いつも企画を運営する時は綱渡りの気分です。
 それでも、毎年使える予算は少しづつ増えています。ベースとしては年間のメイン企画に70万円程度は組めるようになってきました。
 さらっと内情を書きますが。
 まだ、でもそれ位です。
 営業が苦手なんですね。
 もしかしたら、全く予算を取れない年もあるかもしれません。そんなときでも、小さくてもいいから何かの活動を地道に続けていけたらと思います。
 ゆっくりと、立ち止らずに、です。
 サリュ
There is a week, such as air pockets.
This week in various planning, the immediate prospect is likely to fall.
While planning to go to various art, does not mean I stand so goes life. I usually design work normally.
Not tied to income plan in place at all things art deficit is that it does not put out.
Do're just promoting art without taking out a financial plan in Kumamoto, it is a very matter of fact. I planned by Art NPO policy switch (but insignificant much embarrassed) to participating artists to the event, which was planned and production costs of put out.
Never has it ever planning these ordinary, I often take the entry fee.
I believe in my case, I have a two-sided and that the director of NPO painter, as NPO would like to give artists somehow in the future production costs.
I think if you can not afford, then ask you to participate in cooperation, and I want to make the benefits of Nanigashi conditions.
Are these things, but often this is not the case other than the fact but at as a matter of course.
When the revenue base budget planning art, how can I say that without difficulty scheduled fee from participating artists, to establish the income.
When you run a project is always a tightrope mood.
Still, the budget that can be used each year is growing little by little. As the base has now Kumeru is about 700 000 yen to the main project of the year.
I write the true state of affairs to be made.
Yet, but it is ranked.
But I was not good at sales.
This is perhaps some years you can not take the budget at all. I think even when such, and should have continued steadily since the activity of something small I can.
Slowly, I, without stopping.
Saryu

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