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2013年3月31日 (日)

会田誠展「天才でごめんなさい」の個人的な感想。

 この前東京に行ったとき、会田誠「天才でごめんなさい」展を見てきました。
 びっくりしますよね、あの展示は!
 この20年の日本美術のと言うより、「日本の間隙」をほとんど全て埋める作業をしている。
 手法が便宜上現代アートなのであって、本当はルポライターとかコラムニストのような才能の持ち主なのではないでしょうか、と思う位日本の深層を表面化させていますね。
 うまい表現が見つかりませんが、ART GONZO というのがしっくりきました。しかし、そもそもアートに客観的なジャーナリズムなどないので会田誠氏がアートの文脈にGONZO的なものを突っ込んできた、というのが個人的な感想です。
 昔GON!という雑誌があって、インターネット前夜のとんでもない内容のものだったのですが(多分今なら発禁)、そういう匂いがします。そういう感覚で現代アートを使っているという。残念なことに、その雑誌を今でもほとんど保管している自分がいます。
 で、ちょっと色々ネットで見ていたら、この展示に石丸元章氏の屍派が絡んでいるのを知って心の深いところで納得しました。ガスボーイズも愛聴版だし、ピョンヤンハイが出たときは、周囲に勧めまくった記憶があります。
 90年代半ばの音楽業界でハイロウズやコーネリアスが「ロック」というジャンルを「選んだ」ような感覚で、表現の手法として現代アートを「選んだ」感覚がすごいクールな感じがしています。そう、あくまで選択肢のひとつとして「選んだ」感というのはこの20年のジャンル横断的な活動をしている人には共通して感じられるものがあります。
 ロックやアートは生まれる前から存在していて、「選ぶ」しか選択肢は最初からないのですが、仮に何か完全なオリジナルのものが生まれるのだとしたらそれはアートとは呼ばれないでしょうね。個人的にはジャンルを「選ぶ」ときの鮮やかさが感動を呼びます。 
 この20年の個人的に気になった事柄とリンクし過ぎていて、面白過ぎました。日本美術の文脈で作品が作られているから、美術方面から解釈するとこうなるのかという興味も尽きないものがあります。犬シリーズとか、ちょうどGON!でダルマとかが取り上げられた時期とリンクするんじゃないかなぁ。今や「十三人の刺客」で娯楽としてダルマの映像が提供されている恐ろしい時代ですが…
 あくまで個人的な感想ですが、「懐かしい」という気持ちがとても強かったです。
 会田誠という人が、個人的な動機で取り上げてきたモチーフが、そのまま日本を裏から照射した歴史になっていて、あぁ~凄いけど確かに世界とか欧米とかいう舞台では日本過ぎて理解不能かもしれないなぁと思いました。だからこそ、日本の美術界に会田誠という存在が出てきたことは物凄い幸運かも知れません。
 そして多分、段々世相の事に興味を無くしていき、会田誠という美術家が何かのモチーフを(やっぱり女性かな~)を描き続けるという段になって、もう一回、回顧展が行われるとかになるのでしょうか。
 現代アートという表現のテクストを鮮やかに選び取った会田誠氏ですが、現代性というものから個人にとっての普遍性みたいなものに移行していくのか、あくまで現代性というスキャンダラスさを含めた場所にい続けるのか、全くもって目が離せない美術家です。
 以上が個人的な感想です。美術史家ではないので随分的を外しているんじゃないかとも思いますが、凄い展示だと思いました。
 自分もいつか。
 サリュ

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