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2013年8月

2013年8月31日 (土)

はじめまして モヒカンポシェットです。展 in JR大阪三越伊勢丹。開催まで2週間と少しです! 

 NPOアートスイッチとして、アートディレクションという形でこの企画展示には関わっています。

 百貨店の売り場で、モヒカンポシェットというパーソナルメゾンが、秋物の新作ファッションを展開するという枠を超えてどうアートと接続するのかが見所となります。
 
 テーマは「雲」です。
 
 モヒカンポシェット、宮部竜二、岡松トモキというジャンルもスタイルも全く異なる三人は、同じ雲を見て真っ直ぐ違う道を歩いてきたのだと思います。
 
 「雲」とは、形のないものに形を与えることを生き方として選んだことの象徴として、テーマになりました。
 
 JR大阪三越伊勢丹4Fという場所の全体のイメージがとても白く、そこに「雲」や空を形として現してみたいと考えました。
 
 作家の想像力の力で、場所の見立てを変えることで売り場に空が現れます。
 
 現在その創作に入っています。
 
 百貨店の売り場という常識の枠を取り外し、何か違うものにしてみる。その先には表現というものがダイレクトに社会と繋がる可能性を孕んでいます。
 
 百貨店には百貨店のルールがあり、作家にはアートとして成立するかというお互いの条件があります。
 
 その部分をディレクションするのがアートスイッチというアートNPOです。
 
 商業施設でアート企画を開催する際に今までの経験上、長年に渡り磨き上げられてきた独自のハウスルールが、様々にあります。
 
 歴史が長いほど、そのルールは繊細で、動かせないものになっています。それはお客様の為に考え抜かれたルールなので、時に奔放な表現を含むアートとしての可能性と摩擦を生むこともあります。
 
 それが駄目なのかというとそういう事はなく、むしろ作家としてはルールの中でどうトライするかという新しい試みが次々に生まれていくことになります。
 
 ルールという枠を意識することで、アートが社会化することが出来るか、常に意識することになります。
 
 その意識が、基本的にはアートに普段興味がない方々にアプローチできるかどうかという試みなのです。
 
 作家がそういう試みを面倒だと考えるようであれば、個展で思う存分やればいいという事です。
 
 百貨店が売り場でそういう試みをしてみようという、トライの場を設けて頂けているのですから、これにどう答えるのかがアートスイッチに問われているのだと思います。
 
 すでに準備期間としてはラストスパートです。
 
 スピードを上げて備えます。
 
 この企画で、熊本のTV番組の取材が入ります。詳細は後日!
 
 サリュ

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2013年8月27日 (火)

珍しく、ビジネスの極意。自分にとっての。

 もともとはのんびりした性格のはずなのですが、結構な勢いで活動が多角化し始めています。

 
 望んだ展開ではあるのですが、開けてくると一気に展開が速くなります。
 
 全国的な展開をする為には、もっと力を付ける必要があります。フロックにならないように、運に頼らない活動をしていきます。運は悪い(笑)、くじで当たった試しがない。
 
 一歩ずつ確実に進んで行くしかない。
 
 というスタンスは最初から、これだけはブレないです。地味な性格なのですね。
 
 器用ではないので、本当は多角的な活動展開は苦手なのですが、ひとつひとつの時期を微妙にずらすことで気持ちを切り替えるようにしています。
 
 全ての展開が、繋がっていますからどれも疎かにはできません。
 
 昔ビジネスの極意を教わったことがあります。
 
 「担保を作って、一番高い場所へ挑戦する」
 
 これだけ。
 
 でもこれが自分にとっては唯一の極意だと、今では確信しています。
 
 担保とは、「確実にできること」の事です。最低限、なにもかもうまくいかなくても、これだけは確実!というものを押さえておくこと。
 
 アートイベント開催であれば、お金で押さえられる会場を押さえておくこと。
 
 これで、全ての会場交渉が失敗しても、最低限のイベントはできますね。
 
 次は一番高い場所です。
 
 もちろん現状の自分にとっての事です。
 
 そこに挑戦できるのも、最低限の担保を取っているから安心してできる。ということ。
 
 このやり方を愚直に繰り返すとどうなるかというと、担保部分のステージが高くなっていきます。
 
 そうなると、より高い場所が見えてくるわけです。
 
 運でも魔法でもなくて、当たり前のことです。
 
 よく間違うのが、担保の部分を準備しなくていきなり高い場所へ挑戦し、失敗して何もない、という状態です。
 
 高い場所への挑戦は、素晴しいことだと思いますが9割以上失敗するのを見込まなければいけません。そこで失敗したら、最低限のところで企画を実行しなくてはいけません。
 
 これをやらないと、次に繋がりません。
 
 これが一歩一歩進むということの、具体的な歩みです。
 
 今回はこれ以上書くことがないですね。
 
 サリュ
 

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2013年8月24日 (土)

机の位置を決めるまで。

 アートイベントの企画は開催当日までに、本当に様々なことがあります。

 当初は企画にGOサインが出ていたものが、状況が変わればNGになることなど日常茶飯事です。
 
 そんなとき、企画のやり始めの頃は文句たらたらで「許可取ったのに」などと言いながら、別の案を出すことが非常に苦痛でした。
 
 最近はどうかというと、別案を考えることはたまに苦痛なこともありますがむしろ面白くなってきています。
 
 状況が変わる、NGが出るということはむしろ好機なのではないかと最近思います。NGですよー→むしろ最初の企画より面白い企画を出す!の流れをつくると、どんどん意外なアイデアが出てきていいにのではないか。
 
 と簡単に書いてますが、「むしろより面白い企画を出す」というところに、表には見えない様々な事象が含まれています。
 
 この部分は、努力ではどうにもならないことの方が多いのです。発想する段階ですから。考え続ける作業に耐えられるか、という努力はあります。いい企画が出るまで、宿題とかにせずにその場で会議を続けること。最初のアートスイッチ会議の頃は、徹夜で会議もざらでした。振り返ってみると、普通の企画の積み重ねだったのですが、0を1にすることの苦しさを知ったのもこの頃です。
 
 1を2や3にしていくことは、そんなでもないかなと思います。積み重ねは大事ですが、クリエーション程の苦しさは感じません。
 
 0を1にするには、様々な葛藤や試練があって、簡単なことのように見えて全然そうではありません。
 
 例えば、机の位置ひとつを決めるのにでも、初めての場所では相当な時間が掛かります。人の導線から、最初に目に入るもののインパクトやら、参加アーティストの属性を考慮したり、その他諸々の諸条件から机の位置は決まってきます。
 
 只、アーティストや作品を並べてるのではないのですよ~。
 
 机の位置を決めるのに、アーティストの企画や展示作品量、ワークショップの規模だったりを考慮するために膨大な資料とにらめっこしながら、何回もレイアウトを考え、変更して詰めて行き、最後に決まります。
 
 その全てに明確な答えはありません。
 
 来て頂いたお客様に、少しでも面白さを快適に感じて欲しいからです。
 
 そういう配慮がない企画はすぐに分かりますよ。見て、参加していると気分が悪くなってきます。生理的に。あぁ、自分の都合を押し付けるだけなんだ~とね。
 
 場所の提供者、主催者、参加アーティスト、お客様のバランスを取り、なおいい企画ができるかがオーガナイザーに課せられた使命です。
 
 アートスイッチは普段アートに興味がない方に向けて発信していますので、これまた色々仕掛けが必要になります。アート関係者ならご理解頂けると思いますが、世間の9割かそれ以上の割合で、普段アートに時間を割いている人はいません。
 
 この方々とどう関わっていくのでしょう。
 
 実は、場所をご提供頂ける企業等も、特段アートへの理解があるかというとそういうわけではありません。それが普通で、当たり前です。
 
 そんな中で、突然NGが出たり、トラブルが起きるのはやはり当たり前のことなのです。むしろ自由度が高いほうが、自制が効かないぶんオーガナイザーには危険かもしれませんね。
 
 自制を効かせなくていいのはアーティストなのですから。アーティストにはむしろできるだけの自由を担保したいところです。
 
 主催が他にある場合はそちらの希望を最大限取り込みます。
 
 開催場所には規則がありますから、アーティストの自由な表現との折り合いをギリギリまで付けます。
 
 重要なのは、この段階でこのアート企画の面白さが骨抜きになっていないか問い直すことです。
 
 もし誰かの意向に沿いすぎて骨抜きになっていたら、どこがそうなったのか検証して全体を立て直さなくてはいけません。
 
 手直せなかったら、やめてもいい。
 
 アートだバカヤローと叫んでね。
 
 でも、そうならないように全体の舵を取るのがオーガナイザーの仕事ですから、まだそうなった経験はありませんけども。
 
 今進行中の企画も色々ありますが、結果的には最初の案より面白くなってきました。場所から生じる限定条件を克服していくと、見たこともない風景に出会えます。
 
 それがホワイトキューブでの展示とは違う、まだ知らない快感に繋がっています。
 
 やめられない感じです。
 
 こうやって、当日までばたばたしているのですね。
 
 サリュ
 
 

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2013年8月23日 (金)

ちょっと遅くなりましたが、劇団「市民舞台」公演NAORAI観劇の感想です。

 

NAORAI は、熊本の神風連の変を題材に採った演劇でした。

 人はどういう一事に命を張るのか、常日頃はあんまり考えないと思います。
 
 現代社会の幸せとは、基本的には一事を成す!ことには主眼が置かれていない。
 
 なにげない日常の幸せが続いていくこと。特に震災後はそういう風潮があるのかなと思います。日常は自然災害で一瞬に残酷な姿に変わることを再確認しました。原発では地獄の釜の蓋が開いているのに(今も)極一部の人しか、まともにそれを伝えようとしていませんよね。
 
 終わりが来ない、安寧の日常の素晴しさの中で、一事を成すことの重みはどれだけあるのでしょうか。
 
 NAORAIの中での明治初期日本は、安寧には程遠い日常でした。諸外国からの圧力と国内の騒乱。
 
 新しい軍事統制が進む中、古い軍事統制の大本である「侍」とは何かが炙り出されていきます。
 
 「侍」とは、思うに日本が徳川幕府のもと、2世紀に渡り丹精こめて磨き上げた日本という国体の鋳型ではないでしょうか。
 
 純度が高い、日本の精神を体現した姿「侍」。さらにその精神性をものとして表象させたのが日本刀です。侍がこれを奪われるのは、マインドセットされた日本という国体を奪われるのに等しい。
 
 国を奪われる事に対する拒否反応、佐賀、萩の変も同様です。特に薩摩の侍は愛国心が強かった為、西南の役にまで発展します。
 
 廃刀令。
 
 これを士族のアイデンティティーの否定と言うのは一面しか捉えていません。日本が侍という制度を担保し続けたからこそ、明治維新が起きました。ミラクルピースと言われた江戸時代に侍を何故担保し続けたのか?
 
 理由は幕末の動乱を駆け抜けた志士たちを見れば、そういうことです、つまり。
 
 有事の際に、一事に命を張れる人間を、鋳型をつくってはめ込み、担保し続けた。
 
 これは凄い、本当に凄い究極の安全装置だと思います。だって、200年以上無駄飯喰らいだった訳です、本質的に。
 
 もちろん藩の政策経済的な様々を担う、官僚的な仕事がほとんどだったでしょう。それでも、帯刀という身分は人を殺傷する権限を与えられていたという事実において侍とは何かを考えざるをえません。
 
 NAORAIは幕末から廃刀令、神風連の変後まで描きます。
 
 非常に端的に書きますが、描かれたのは侍が国(刀)を奪われて行動を起こし、妻たちが奪われたのは夫だったり、幸せ(終わらない日常)です。
 
 終わらない日常を保つための制度が大きく変わっていく中で、役目が終わりかけている人々「侍」が自らの役目を自覚して行動を起こします。
 
 観た直後に思ったのは、現代日本に、有事の際に一事に命を張って時代を回天させる人々が担保されているのかということ。
 
 恐らく目に見えてはいないでしょう。
 
 先の戦争で負けてアメリカの占領政策により、「侍」の遺伝子の発露を極端に削がれてしまった。アメリカも怖かったからです。「侍」の遺伝子が。
 
 NAORAIには、そういう諸々のことが含まれています。
 
 今こそ観るべき演劇でした。
 
 日本人から「侍」の遺伝子が完全に失われたとは思いません。消えたかに見えて、本当の有事の際には際立った人々が現れるに違いありません。
 
 そういった諸々を思う演劇でした。
 
 ありがとうございました。
 
 サリュ
 
 

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2013年8月16日 (金)

JR大阪三越伊勢丹での企画展示の準備も進んでいますが、来年の計画も立て始めます。

 まだ夏なのですが、ぼちぼち来年のモヒカンポシェットの企画展示も考え始めています。2014年3月以降の動きです。

 
 場所はまた確定しだいのご報告、ということになります。
 
 新しい場所での企画展になる予定です。
 
 さっきも書きましたが、まだ夏です。
 
 最近、1年くらい先のスパンでスケジュールを組むようになってきました。自営業なら当たり前のスパンなんですけど、不思議な気もしますね。
 
 モヒカンポシェットの場合、年間5~6回の企画展を開催しています。この5~6回の場所を常に開拓していくのが仕事の一環です。
 
 この場所を比較的安定的に準備できるようになれば、他の仕事に時間を割り振れるようになるでしょう。
 
 企画自体をアートとの総合企画にしていく予定ですので、企画の中身をより深く考えることも必要です。
 
 少しずつ、活動範囲を広げているので、もうすぐ安定的な展示ができるようになるでしょう。
 
 営業というものが昔から苦手で、いつも苦労するのですが重要なポイントなんですよね本当に。モヒカンポシェットの場合、店舗立地が通りがかりの方をほとんど見込めないので、企画展は必須です。おかげさまで、新町にも県外からいらっしゃるお客様が増えて、ありがたい限りです。
 
 さて、来年の企画はどうなるでしょうか、面白くなりそうです。
 
 サリュ
 
 

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2013年8月14日 (水)

KUMAMOTO城下町大遊戯2014。

 まだ、全く白紙ですが、昨日の晩に思いついた事を忘れないようにの忘備録。

 今回も軸は新町・古町の町屋になります。そこは動きません。
 
 企画の根幹は歴史、ここに変更はありません。
 
 軸になるのは演劇です。2014年は河上彦斎の演劇をもしやるとしたら、今年の劇団「市民舞台」のNAORAIを勝手に含めると、何と4回目!!!
 
 これって、結構凄いことだと思うのです。
 
 完全に各々自主的に興行しているのにですよ。同じ人物をテーマに3年続くなんて、ほとんど奇跡なんじゃないかと。
 
 企画運営してみて、演劇をいちから作って頂いて興行するのは、私が素人だから結構大変です。それでも、皆さんのお力で2回は出来ました。提案だけで、ほとんど私は何もしていませんが。
 
 もう、ちょっとした歴史になりかけている。
 
 この火を繋ぐか、絶やすかの岐路に立っている。自分で熾した火ですから、消すのも容易い。
 
 だから、思いついた企画をそのときに書いておくのも今後意味が出てくるかもしれない。自分じゃなくても、他の誰かがやるかも知れませんし。
 
 第二回町屋アートホームin新町と、KUMAMOTO城下町大遊戯2012で全く別の演劇スタイルに挑戦したものを連動させます。
 
 密会からの→お能場での開放。もっと書くと、密会でお能場への集合を誘導します。勢溜まりの直近にあることや、神風連の決起に関わることとして観客を誘導。お能場での演劇は、神風連の変そのものを描きだせば、お客さまも参加型演劇として楽しめるはずです。
 
 河上彦斎が和歌を嗜んだことから、その和歌を屏風絵にしてライブペイントします。
 
 和歌を詠むワークショップ開催。
 
 町屋での作品展示は、各アーティストに企画説明後、自由に展示ということで。
 
 熊本の幕末を可視化し、もう一度城下町の魅力に迫ります。
 
 町屋は恐ろしいスピードで無くなっています。
 
 町の歴史を可視化できるのは、想像力以外にありません。
 
 この企画を実行するかは別にして、これほど想像力を刺激する文化イベントは他にないですよね。熊本の歴史と、作家や演劇人たちのクリエーションが町を熱くする。自分の町を、自分たちの想像力で新しい町にしていく。
 
 生みの苦しみは、前2回以上に、当然なるでしょう。
 
 新町・古町には目玉になるような絶好の歴史的建造物があるわけではなく、丁寧に紐解けば凄い歴史があるという状態です。
 
 想像力、武器はそれだけ。歴史を通して、考えて、形にして、表現する。
 
 当たり前のことを、当たり前にやる。
 
 それが本当にむずかしい。
 
 やるとしても資金を調達しなきゃだしね…資金があれば、これはもう確実に開催できる話です。経験上。
 
 サリュ
 
 

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2013年8月13日 (火)

今年の下半期は、企画営業などを再び見直します。

 表現者にとって必要な事柄に、企画営業があります。

 現在、様々な手法を検討しながら、表現する人が少しでも経済的に自立していけるような企画営業を全国的に展開しようと動いています。
 
 軸足は熊本に根ざしながら、もう片足で様々な土地で何かできないか。
 
 熊本にも、草の根的な表現の場が様々に生まれつつあるように感じます。
 
 そうすると、次に出てくる意見は結構色んなところで頂いていています。どんなジャンルでも同じでしょうが新しいジャンルが奔流のように流れ始めると出てくる「業界をまとめよう」という意見です。
 
 全くもって正しい意見です。まだまだ保護が必要なほど弱いですからね。
 
 組合とかの考え方で、往来の熊本の美術家連盟や美術団体ではフォローしきれない新しい層をどうするのかなということです。
 
 昔なら地場の美術団体に入ったのでしょう。地場の美術団体とはその団体が運営する美術展に何回か入選後、会員の推薦があって初めて新会員になれるというピラミッド型の組織です。
 
 ピラミッド型である以上、上にいくためには政治的な根回しが必要。どこの世界でも同じことです。
 
 このシステムは20年前くらいまでは非常に有効であったと思います。今でも60歳以上の方とかには非常に有効でしょう。
 
 そういう組織は、今の若い人にとっては濃密な人間関係とさえ言える上下関係が苦手で敬遠しているのではないでしょうか。
 
 よく分かりませんが、若手の新規会員てのは、ほとんどいないのではないでしょうか。そういう自分自身が入っていませんから。本来アートを志す人間には向かないのが政治力です。政治力がある人も、もちろんいます。そういう人が組織で上に行く人です。
 
 集団、組織化するのは賛成です。そうしないとなかなか影響力がある活動はできない。60~70年代の学生闘争のツケで、教育の中で個性だとか個人主義などが推奨されて組織化するのはダサイことのように感じます。それが教育の成果ということ。
 
 学生でも集団になればあれほどの活動が出来るので、必死にそうならないよう教育してきたわけです。
 
 組織化には賛成です。
 
 次に、リテラシーする組織が必要という意見、これにも賛成。
 
 今起こっている活動や、作家の価値を第三者が評価していく枠組みを熊本独自に作っていこうというもの。
 
 評価軸をつくることで、活動&作家の価値を高めて、活発な運動にしようというところでしょう。
 
 もう、これも是非作ってもらいたい。
 
 作家だけではなくて、評価する方も育てていくという考え方です。
 
 今後こういったことが熊本で群がり起こり始めます。
 
 草の根活動の次の段階ですね。
 
 このような組織化にあたり、一番重要なことがあります。
 
 ビジョンはあるのか?
 
 何のために皆で集まるのか?
 
 それがあれば、自ずと人は集まってきます。
 
 ビジョンなく組織化しようとしても、作家にとって夢や理想がなければ集まりようがない。逆にそれがあれば経済効率を無視してでも集まってくるのがアーティストという人種です。
 
 組織化が起こって後に、県外での活動の道筋を探し始めるのは自然な流れです。その為に、地方からアーティストが発信できるような道を探し始めています。従来のやり方とは違った形でトライしている、現在進行形です。
 
 さて、どのようなビジョンが提案されていくのでしょうか。提案者は同時にリスクも負わなければいけなくなるでしょう。
 
 ビジョンがあり、リスクを取ってくれる組織の提案者。がいれば、喜んで協力致します。
 
 サリュ
 
 
 
 
 

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2013年8月 9日 (金)

戦闘力のある企画。

 戦闘力のここでの定義は、すぐに行動に移れること。

 ドラクエで例えます。RPGの金字塔です。3までしかプレイしていませんが、勇者は最初の町で最低の武器(棍棒など)で最弱のキャラをやっつけて、経験値とお金を得ます。
 
 レベルが上がります。行動範囲が増えます。ひたすらコレを繰り返します。→クリア
 
 重要なのは、最初の町でスライムと戦った時のリスクと、レベルが上がって行動範囲も戦える敵の種類も増えた時のリスクと、ほぼ同じということです。
 
 むしろ、選択肢が増えた分リスクは増えているかもしれない。
 
 企画を初めて立てる人と、何回も企画を立てて経験も豊富な人のリスクはほぼ同等ということ。
 
 この同等にはひとつだけ条件があるのですが、経験豊富な人が新しい局面を切り開く企画に毎回挑戦していること。
 
 ドラクエなら、もうレベル5くらいあるのにまだ最初の町周辺で敵を倒して、極端にリスクを減らして地味に経験値を稼いでる状態の企画を立て続けること。
 
 これを俗に企画屋というのでこういうのは除外するとして。
 
 企画を立案実行した後、自分の経験と行動範囲が増えるから面白いのであって、ドラクエにおいても面白さの理由は同じです。ずっと最初の町にいるのであればやる理由はない。
 
 ここで言う戦闘力は、戦う意志みたいなものです。
 
 安全な地域を出て、新しい経験を積む用意はあるか。
 
 一歩踏み出すときのワクワクと、不安がその企画にはあるか。即行動に移る気安さはあるか。
 
 これくらいのハードルで大丈夫です。必要以上に構えることはありません。企画を立てたら即実行!できることが一番重要で、実行されない企画はどんなに素晴しくても最初からないのと同じことですから。
 
 即実行できる=戦闘力。
 
 この冒険は、必ず自分も傷付くことが前提条件です。
 
 ノーダメージでボスキャラは倒せない。
 
 棍棒でスライムを倒しに行くところから始めるべき。
 
 フル装備でラスボス倒すときと、リスクはほとんど同じなのだから。
 
 今回は具体的なことより、気持ち的なことを書いてみました。
 
 サリュ
 

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2013年8月 2日 (金)

俳句ですよ。新しい企画です。

 去年からずっと考えていて、まだ企画化していないアートイベントを先日のカオスな飲み会で思い出しました(笑)ので、忘備録として書いておきます。

 先ず、俳句を読みます。その景色を屏風絵にします。
 
 以上。
 
 うわ、単純。
 
 いやいや、毎回、この位、企画の芯は単純なんです。
 
 これからどう持っていくかが企画者としての仕事なんですけれども。
 
 こんな早い段階で企画を公開したのには理由があります。協力者をここで呼びかけてみたいと思います。
 
 企画を出してみたものの、俳句に詳しくないこと。
 
 以前の演劇のときもそうでしたが、企画してみたものの、そのジャンルに詳しくない、ということは多々あります。ジャンルを横断して新しいことをやろうとするときには、仕方ありません、自分の専門分野に閉じこもっているわけにはいきません。
 
 俳句を読む、というと難い印象がありますが、読むときの前提条件として、「宴会をしている」状態というのがあります。
 
 大人は酒を飲みながら、子供はジュースにお菓子で和みながら俳句を読む、というところからスタートしたい。
 
 そこで読んだ俳句の中から、景色がよく見えるものを選んで屏風絵を描きます。これ、ライブペイントで、絵描きは自由に酒を飲みながらという状態です。
 俳句を読んだ人は、その句がどういう絵になるのか楽しめます。絵描きは酒のんでますが若干プレッシャーかもしれませんね。
 
 この企画の押しポイントは「俳句」「酒」「絵」です。
 
 特に俳句は、日本語が持つ潜在能力をフルに駆使するものです。そこから生まれる景色を「絵」にする、これ以上に日本の文化を誰が見ても分かるレベルで可視化する企画は他にないと思います。
 
 こういうことはね、思いついたら一刻も早くやるべきなんですけれども、予算がない(泣)。助成金とか取りにいけばいいんでしょうけど、まだ企画がこの段階では無理ですね。
 
 なので、少しずつ進むことにします。無理しないように。
 
 先ずは俳句に詳しい人、いませんか。
 
 新しい企画を立てるときはいつもそうなんですが、この企画、絶対面白いから!ということしか今は言えなくて、困っています。ビジョンは完璧に見えていますが、説明する為には企画書が必要。
 
 全然書いてない。
 
 アドバイスでも何でもいいんで、誰かコメントでもfacebookでも、twitterでもいいんで何か下さい~。
 
 少しでも反応がありましたら、この企画を進めます。なければ、当面、お蔵入りということになりますのでよろしくお願い致します。
 
 サリュ

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