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2014年6月27日 (金)

現代アートの90年代というエアポケット。

 昨日、データが飛んで上げそびれた記事の続きをだらだらと考えています。

 飛んだ記事はもう書く気力が湧かないので置いておきますが、ある日の備忘録的な感じなのでお気軽にお読み下さい。
 
 94年に九州産業大学の芸術学部に入学しました。
 
 熊本の片田舎で、ネットのネの字も知らずに福岡に来た訳です。それまでは、図書館で近代美術の画集などを読み、ドガいいなとかそういう感じでいました。(ドガ先生は今でも心の絵の師匠です)
 
 学校や市立の図書館には、現代アートを扱った本とかあったのかどうか記憶にありません。
 
 同級生がアンディ・ウォーホルが好きでしたのでせいぜいアメリカンポップアートの知識はありました。
 
 この姿って、80年代までの地方の格落ち美大(昔から自分で言ってますが)なんかでは、顕著に情報不足だったはずです。
 
 そして、そこに胡坐をかいて最新の表現などに向き合いもしてない美術教授から、これまたありもしない日本型の美術のコンテキストを教え込まれるという循環があったんだと思います。
 
 今思い返しても、大学4年間で学校で学んだことの9割は役に立たないクズみたいな「古い情報」でした。
 
 90年代、福岡天神イムズではコンテンポラリーアートの冒険展が開催されていたはずです。そういう重要な情報、全くなかったです。
 
 美術団体系をガン無視して、現代アートを商業施設で繰り広げるなんて、当時は九産大の教授連が面白いはずないですよね。九州派の一部が九産大の教授になってたような気もしますが、歴史的事実より自分個人の環境の方を優先します。
 
 プレイヤーだから。
 
 簡単に言えば、東京芸大を頂点とする学閥ピラミッドの下層にいる九産大の芸学生をとりまく環境が、最先端なはずない、ということ。当時。今はネットがあるから、美術系大学なんていらないと思っている。
 
 さておき、そこで盲を開かせてくれたのは、近くの女子大から臨時で教えにきてくれてた先生でした。名前も忘れましたが、95年だったと思いますが、いきなりドクメンタのドキュメンタリーを見せてくれて、どう思うか意見を述べる講義で目からウロコが何枚も落ちた。
 
 ネットが完全に行き渡った今となっては「そん位」ぐらいの情報ですが、当時は本当にありがたかった。
 
 それからは、現代アートを知る為にひたすら図書館通いです。
 
 まだまだネットも普及せず。
 
 何だろうな、あのときドクメンタを知ってから、学校のカリキュラムとか、そういうのが無意味に思い始めたんです。
 
 その先生は、クリストのドキュメントとかも見せてくれて、現在進行形の現代アートを教えてくれた。
 
 そういう些細な先生の良心が、今思うと嬉しいですよね。
 
 そえから必死になって、「今日本のアートはどうなっているんだ」を探し始めていましたが、94~98年、全く情報が引っかかってこない。
 
 焦りましたよ。
 
 当時日本はアートなんかより、それまでの日本の常識を覆すような事件が続発していました。
 
 今振り返って分かるのですが、90年代は日本の現代アートにとっては重要なターニングポイントだったということ。
 
 コトが起こり始めた年代。だから、何が起こっているのか分からなかったんです。
 
 失われた20年とか言いますが、失われてたんではなくて、90年代に始まったコトが最近実を結び始めてる。会田誠や村上隆、ヤノベケンジとか色々ですが、そういうこと。
 
 そして、自分のこととなると、やはり90年代は、空白だったな。
 
 10年代は、色々満ちてきています。
 
 本当の勝負は20年代だと思っている。
 
 だから、今諦めずに熊本でプレイヤーで居続けます。
 
 見届けて下さい。
 
 サリュ
 

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