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2014年9月14日 (日)

AAF学校の取材で気づいたこと。

 先日AAF学校から、NPOアートスイッチの取材がありました。

 今までやってきたことをお話しました。

 

 アートスイッチはアートのスイッチをオン!にするための活動をずっと行ってきました。

 

 スイッチがオン!になった先には、ほとんど何の希望的観測みたいなものはありません。という感じの話になったとき、ちょっと不思議そうな感じになられました。

 

 あとから頭の中で整理すると、アートは面白い!というスイッチが入ってしまわれた方がそれからどうされるのか?ということまではあまり予測もしていませんし、できないのかな、と思っています。

 

 アートっていいな~の先には、本当に多様な答えがあるでしょう。

 最近の地域でアートを実践する中で、自分の中に多少違和感が出てきています。活動の末に、定量の答えがあるかのようなそういう流れがあるのかなと。簡単な例では動員何万人、経済効果何億円、過疎地域に若い人が、みたいな語られ方です。

 

 そういうアウトプットを期待することは、悪いことではありません。しかしこの考え方は、実は箱もの(田舎のでかい文化ホールとか)行政的な考え方とあまり変わらない気もするんです。

 

 アートという行為の中には、そもそもそういう動機は含んでいないでしょう。

 地域の中でアートを実践するときに、一番期待するのは「多様性の担保」です。

 世の中はいろんな価値観に溢れていて、お互いにそれを認め合う土壌を大人が持っている。そこに向けて活動しているのだなと、話ながら思いました。もちろんさびれた町が活性化するのはいいことです。経済効果も、その他諸々の問題に取り組むアートもありますし、一定量の成果を上げている素晴らしいかつどうがあります。

 でも、それだけではないのだな~とも思う。

 なんでもかんでも何かの役に立つ必要もない。必要ない何かも存在できるのが、素敵な社会なんではないかな。

 

 価値観の多様さって、役に立つイノベーティブな何かが乱立してしのぎを削っている状態だけではないという意味だと思っている。

 

 ゆるさの担保って、地域の中でアートをやる活動の中くらいでしか、今の日本では実践できないでしょう。「どういうこと?それ?」という答えを求める意見に「いや、アートです、アートっぽいものです~」とかなんとか。

 

 アート活動のある一面は、そういうことかと最近思うようになりました。

 

 より分かりにくくなったか(笑)。

 言ってることと、やってることが一見、完全には一致しませんからね(笑)。

 自分でもビックリしますが、自己矛盾なんて人間には当たり前なので、あんまり自己分析しません。

 サリュ

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