« 2014年11月 | トップページ | 2015年1月 »

2014年12月

2014年12月30日 (火)

鹿児島、知覧特攻平和祈念館に行きました。

 

 特攻。

 

 実際に特攻した青年達がいた。それを肌身に感じることができるのが、鹿児島県知覧にある、特攻平和祈念館です。

 

 ずいぶん前から知ってましたが、なかなか気持ち的に行く気になれず、やっと行けました。

 

 誰かに連れてこられずに、自分でこれてよかったと思います。

 

 九州の小学校の修学旅行は、長崎を一旦やめて、知覧にしてはどうか。

 

 原爆の悲惨さも大事ですが、特攻はもっと色々な多様な事情を教えてくれます。

 

 人間の愚かさと崇高さ。

 

 戦時だからこそ、くっきりと浮かび上がる人間の存在。

 

 原爆は、アメリカに落とされて悲惨でした。二度と起こってはいけません。そういう結論です。

 

 特攻は違います。日本が主体的に採った、異例の「必死」作戦。必ず死ぬ。二度と起こってはいけないと表だっては言いますが。

 

 完全なダブルスタンダードにしか見えませんでした。

 

 

 特攻平和祈念館をつぶさにみて感じることは、「自分の命と引き換えにしても、守らなくてはいけないものがある」です。 

 

 それは、西南戦争や神風連の変でも同じ精神性です。

 

 レイテ島の海軍の「神風」もそういう意味だったのかな。

 

 守らなくてはいけないものは何だったか。

 

 日本です。

 

 では日本とは何か。

 

 当時は、故郷だったと思う。

 

 今も同じだろうと。

 

 その感覚と、特攻が繋がっている。

 

 サリュ

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年12月27日 (土)

今年一年を振り返る。

 

 今年のアートイベントの幕開けは、インスパイアド・バイ・アール・ブリュット・ジャポネの準備から始まりました。

 

 竹之下亮さんという、熊本を代表するコンテンポラリーダンサーから小池陽子さんを紹介され、さらには山海塾の石井則仁さんと知り合いました。

 

 初AAFで東京に行ったときに打ち合わせをし、熊本で熊本市現代美術館との共催で、コンテダンスのワークショップとダンス公演を行いました。

 

 今思うと、本当に専門外のことを平気でやるよなと空恐ろしくなりますね(汗)

 

 そしてモードとアートの企画展、【シロの風】

 

 これは、今振り返っても異常に大変でした。

 

 そのあとの【リボン】展。同じ位じたばたしたな~。

 

 その間ちょくちょく色々あって、なんやかややってるうちに人生で初就職したのが一番の驚きでした。心底びっくりしました。

 

 今その立場で、アートイベントの企画を立ち上げようとしています。

 

 そういうのは、大企業の企業メセナでやるのかなと漠然と今まで思っていましたが。どうやら時代はそうじゃない。

 

 自分が持てる力の全てを使って取り組まなければ、立ち向かえないようです。

 

 数々の小さい取組の集合が力を生む時代と思います。それか、大資本のコングロマリット。

 

 場合によって、どっち側もありえるのが企業なんで一概には言えませんが、丁寧に仕事をしたい、だけです。

 

 今年は色々考える年末なんですな。

 

 サリュ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年12月23日 (火)

熊本の現代アートを取り巻く批評について。

 

 そんなものはありません。

 

 だから作るしかないのです。誰が作るのかというと、自分が先ず書く。細々とSNSやブログに表明する。

 

 結構前からいろんな方々、大学の先生だったりアート組織、どう見ればいいかという普段アートに触れていない人など、展示を見たあとの批評についてやるべし!という意見を交わすことが多々ありました。

 

 特に熊本市企画課の「創造都市を考える」機会あたりで頻繁にありました。

 

 自分は、一応表現する側なので、表現を色々しています。

 

 何か批評的な事が、細々とでもSNSや他人のブログに書かれたりするんだろうかと思っていたらそんなことにはならず。

 それはそうなんですよね。人の行為を批評する行為は、自分も批評される側に立つということです。結果「良かったです。感動しました。」といった、ポジティブ評しか目にしません。

 

 批評というのはそういうのではないのです。それは感想。

 

 自分がその展示を見て、何をどこまで理解したかを書くのが批評です。

 

 だから、批評は稚拙でもいい。その人なりに何をどこまで理解しているのかが分かるのが優れた批評で、どんなに深く理解していてもそれを他人に伝えられなくては優れた批評にはならないと思います。

 

 理解と、理解したことを説明する。それだけです。

 

 そこに自分の感情を絡めると、感想文になりますが自分の場合はあえてそういう風に書きます。このブログはあくまでウェブログなので、自分の感情を発散させる場でもあるからです。

 

 だから、批評という面からみると全然ダメです。このブログは。

 今回熊本市現代美術館GⅢで開催中の「パープルーム大学2」の感想をブログと同じ手法でfacebookに書いてみました。

 

 この1年、facebookとは距離をとっていたのですが、今回のGⅢの展示は内容が素人批評に向いているなと思いまして再開に踏み切りました。

 

 書いたことがまさにブーメランになって帰ってきますから、書くことを躊躇してしまいそうですがひとつだけ真実を書いておきます。

 

 アートの表現者が一番恐れるのは、鑑賞者の無反応。

 

 批判だろうが、何だろうが、反応してくれるのが本当に嬉しいということ。

 

 だから、自分が理解した範囲で感情は関係なく、「~だから嫌い」と面と向かって言われたらむしろ嬉しいくらいですよ。自分は。他のアーティストは知らん。

 

 嫌いと言われて傷つく位の感性のなさなら、アートには向かない。

 

 そういう訳で、今回も全く話は一般化しませんが、これから個人的にリスクを取りながら展示会の批評めいたものを書いていきます。

 

 全く何も得しないので、熊本では誰もやりませんが、これからは書きます。

 

 は~。

 

 バカなんだな。こんな深夜に疲れるだけなのにな。

 

 サリュ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年12月16日 (火)

選挙について。

 

 前は、選挙に行こう!みたいなことを言ってましたが、最近は他人の動向が気にならなくなってきました。

 

 自分が行けばいいんで。

 

 行かない人、政治に興味を持っていない人、仕方ないよね。今の日本ではね。と思います。

 

 そういう人は歴史を知ろうともしなければ、今起こっていることにも目や耳を閉じているんでしょう。こじらせてそうなっている人もいるでしょう。

 

 なぜ自分はこじらせずに済んでいるのか。

 

 選挙に行こうと思ったら、投票所に行く時間を作らないといけません。大体、期日前でも当日でも余暇をわざわざ使って行くわけです。

 

 普段、買い物に行くのすら面倒と思っているのに、超面倒ですわ、今の投票システム。

 

 わざわざ行くからには、間違った投票をしたくない。だからマニフェストとか色々しらべる。候補者のこともそこそこ調べる。主張と行動に矛盾がある人もいるが、そうじゃない仕事を評価できる場合もあります。

 

 そうすると、ちょっと調べることが面白くなってくるんだな。結局一人の人間を、自分の評価軸で判断する遊びみたいにも思えてくる。

 

 不謹慎にも、そういう楽しみになってくる、毎回。前回から数年、うちの選挙区の議員は何をしたのかな。汚職とかに引っかかってないか。

 

 不利だとみると、党を裏切って人気がある党に鞍替えとかしてないか。

 

 政治の世界は、そんじょそこらのポップカルチャーなんかより、よほど面白いので。

 

 人間観察、社会観察です。要するに。そこに自分の一票が加わると、面白さ倍増です。

 

 政治的に崇高な理念があるから選挙に行くのではなく、自分が投じた票を趣味的に観察する楽しみの為に行きます。

 

 数年後、やっぱり自分は正しかったと思ったり、強烈に後悔したりね。

 

 この楽しみ方は、政治に限らずアートとかも同じです。

 

 自分が推すアーティストが、世間に認められたりこじらせたり。

 

 その世界に参加することで、面白さが見えてくる。面白くなくてはだめなので、どうにか面白く見ようとするのですが政治の世界は社会の矛盾や利害を扱っているので最初から全開で面白いわけです。

 

 今回の選挙に行かなかった人は、残念ながらこの下世話な楽しみを次回の選挙まで楽しめない。

 

 可哀想。

 

 サリュ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年12月13日 (土)

世界を変えるアート。

 

 今年は、個人的には「変化」の年でした。

 

 うん?ちょっと違うかも。「進化」かな。それも違う気がしている。「ナナメウエ」位がちょうどいいかも知れない。

 

 やりたい事のほとんどが、思うようにならない年でした。

 

 その代わり、自分では思ってもみなかった挑戦する機会がたくさんありました。

 

 今年は、モードとアートの企画展という形を生み出し、実施しました。ありがたいことに、実にたくさんの方々に楽しんで頂く機会になり、ご来場いただきました皆様、誠にありがとうございます。

 

 さらに嬉しいのは、熊本のアーティスト達の作品を、ご購入していただいたことです。買ってもらう、経済的に少しでも動きがある。その積み重ねが、文化を生んでいくのではないかと、今更ながら当たり前のことにたどり着きました。

 

 展示して、披露して終わり。というのも悪くはありませんが、売る努力というと語弊がありますが、自分の作品を買って欲しいと思うことは当たり前の気持ちだと思います。その為に試行錯誤するのが、むしろ当然と。

 

 今、地域とアートという文脈の中に、アート・アーティストは経済を向上させる為等の理由で利用されているのではないか?という懸念を持っている人がいます。

 

 ちいせ~、自意識がちいせ~よ~。それじゃ世界は変わらない。

 

 そもそも、いつアートは経済から切り離されたのでしょうか。切り離されたことなど一度もありません。

 

 アート至上主義というならば、引きこもって作品制作し、発表などしなければよいのです。死後、評価される危険性はありますが。

 

 アートが地域の経済の為になっても、何の問題もないと個人的には思います。経済が成り立たない場所ではアートも成り立ち得ないのですから。

 

 これから人口が減少していき、経済も今までのようには行かなくなる中で、アーティストはもっと経済向上にコミットしていかないといけないと思っている。

 

 経済の地盤沈下が起こって、最初に居場所がなくなるのがアーティストです。分かりきったことです。今、そうなる入口に立っている。わが国は。

 

 新しい経済のありかたを表現するアート、それが必要。

 

 新しいアートを生み出そうとする経済はすでに一度世界を変えました。そう、スティーブ・ジョブズのこと。

 

 経済側からのアートに対するアプローチで、世界のパラダイムはシフトしました。

 

 これをアート側からやらないで、何がアーティストなんでしょうか。と、思っている、個人的に。

 

 これが櫻井栄一が考えるアート至上主義です。

 

 世界を変えるアート。

 

 そういうアホみたいなことをアラフォーのおっさんが考えてる。真剣に。

 

 

 世界を変える為には、経済とコミットしないといけないことは明白です。

 これからのアーティストは、引きこもって作品制作して、死ぬ前か直後に発表するか、アートで世界を変えるか、の二択しかないと思う。

 

 いやホントに。

 

 現在は色々過渡期で、何がうまく行っているのか表面からは分かりにくいと思います。

 

 今年は色々今までと違う試行錯誤を繰り返し、自分なりの目標が輪郭を成してきました。

 

 サリュ

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年12月10日 (水)

アートスイッチはNPOをなぜ選んだのか。

 5年前。

 

 アートスイッチはまだアートイベントの企画名でNPOではありませんでした。

 

 一度大きいイベントを経験し、ここから先熊本でどうやってアートの活動を行っていくのかの岐路にありました。これまで通り、任意団体で企画毎にアート活動を行っていくのだろうか。

 

 そのときは企画会社のようなスタイルを考えていたのですが、初めてNPOという存在に気付きました。特定非営利活動法人です。

 

 これ、簡単に言うと、定款に記した条件であればふつうに商売もOK!ふつうの営利法人と違うのは大きく2つ。

 

 1、商売でどんなにもうけても役員には報酬がありません。

 

 これはまぁ分かることで、もうけたいのだったらNPOにならずに、普通に会社を設立した方がいいということ。NPOの存在自体が、今の社会システムで解決できない問題に取り組むものですから。

 

 だから7割くらいが医療・介護関連です。熊本のアートNPOなんて、正直酔狂な話です。大きい企業メセナから派生したものでもなく、需要もないところで活動しています。

 

 2、今年のもうけを(プラス収支)は来年、社会に還元する。

 

 熊本のアートNPOの活動での経験で話していますが、プラス収支とかありえない話です。NPOはアートに限らず、事業委託や助成金で成り立っているところがほとんどです。そういうことで大きく収入を増やそうと思ったら、より委託額が大きい事業へ向かわざるをえません。

 

 そうなるとどういうことが起こるか。

 

 事業委託というのは、基本的には事業年度が終わってから清算という場合が多いようです。助成金もそうです。

 

 助成金で話そう。

 

 文化助成にしても、事業費全額助成というのはほとんどありません。基本的には事業費の半額。100万円助成の場合、事業費は200万。ということです。

 

 そして基本は事業をきちんと終え、収支や諸々の報告を終えて100万円入ってくるという算段です。もちろん、事業前に半額助成が出る、というシステムもある場合があります。そうだと仮定しても一先ず自分で150万円準備する必要があります。

 

 多分、銀行のNPOへの貸付とかはこの部分を貸してくれるんだと思いますが、借りたことないので分かりません。

 

 しかも、事業後に満額助成金が出るとは限らない。

 

 利益が出る事業なら、事業計画で銀行から借りれもします。しかしアート企画の場合、その150万を他の助成金に頼ることを考えます。だから、アーティストからお金を頂いている企画もある訳です。

 

 しかしアートスイッチは、必ず、わずかでも製作費をアーティストに出してきました。この150万の部分をどうしていたかというと、協賛金を頂いたり、どうにかこうにか企画の中で観客にお金を頂く部分を作ったり。あとは自弁です。

 

 「他助成金を使用する場合、当助成金は使えません」という、使う側からすれば謎の、非情な掟を課す助成がほとんどです。AAFにはこれがないので、夢のような助成金ですが。

 

 こうやってどうにかこうにか企画を実施しているうちに、実績が重なり、大きい事業委託や助成金が使えるようになってきます。

 

 ここから先が思案しどころです。事業費、企画規模が大きくなるのはいいのですが、自分やスタッフに入る収入はまぁ、ほとんどバイト収入並。成功したって役員報酬はないですし、そもそもアートの企画の成功って経済だけでは測れないでしょう。というか経済的な成功とかどうすればいいか全くわかりません。

 

 言い出せばキリがありませんが、地方アートのNPOになるというのは、地方でアーティストになるというのとほぼ同じ意味になるのではないかと最近思っています。

 

 税金関係ですが、こういう収支をきちんと申告すればアートスイッチの場合、毎年だいたいプラマイゼロになるので、免税手続きをすれば免税です。入ってくるお金はできるだけアーティストへの製作費に出してしまいますので、NPOとしての収入はゼロ。

 

 そうまでしてなんでやっているのかと言えば、単純にアートのスイッチがオン!になればもっと世間は生きやすくなるんではないかと思っているだけです。

 

 アートスイッチがなんでNPOになったかといえば、規模が大きくなる可能性を持っていたいから。ということになります。

 

 まぁ今は事業規模200万円位をさまよっていますが~。

 

 モードとアートの企画に移行してきてるのは、また別の話なんです。

 

 それを知りたい方は、リクエストをどうぞ~。思ったより今回は記事書くのが重かった。

 

 サリュ

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年11月 | トップページ | 2015年1月 »