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2014年12月23日 (火)

熊本の現代アートを取り巻く批評について。

 

 そんなものはありません。

 

 だから作るしかないのです。誰が作るのかというと、自分が先ず書く。細々とSNSやブログに表明する。

 

 結構前からいろんな方々、大学の先生だったりアート組織、どう見ればいいかという普段アートに触れていない人など、展示を見たあとの批評についてやるべし!という意見を交わすことが多々ありました。

 

 特に熊本市企画課の「創造都市を考える」機会あたりで頻繁にありました。

 

 自分は、一応表現する側なので、表現を色々しています。

 

 何か批評的な事が、細々とでもSNSや他人のブログに書かれたりするんだろうかと思っていたらそんなことにはならず。

 それはそうなんですよね。人の行為を批評する行為は、自分も批評される側に立つということです。結果「良かったです。感動しました。」といった、ポジティブ評しか目にしません。

 

 批評というのはそういうのではないのです。それは感想。

 

 自分がその展示を見て、何をどこまで理解したかを書くのが批評です。

 

 だから、批評は稚拙でもいい。その人なりに何をどこまで理解しているのかが分かるのが優れた批評で、どんなに深く理解していてもそれを他人に伝えられなくては優れた批評にはならないと思います。

 

 理解と、理解したことを説明する。それだけです。

 

 そこに自分の感情を絡めると、感想文になりますが自分の場合はあえてそういう風に書きます。このブログはあくまでウェブログなので、自分の感情を発散させる場でもあるからです。

 

 だから、批評という面からみると全然ダメです。このブログは。

 今回熊本市現代美術館GⅢで開催中の「パープルーム大学2」の感想をブログと同じ手法でfacebookに書いてみました。

 

 この1年、facebookとは距離をとっていたのですが、今回のGⅢの展示は内容が素人批評に向いているなと思いまして再開に踏み切りました。

 

 書いたことがまさにブーメランになって帰ってきますから、書くことを躊躇してしまいそうですがひとつだけ真実を書いておきます。

 

 アートの表現者が一番恐れるのは、鑑賞者の無反応。

 

 批判だろうが、何だろうが、反応してくれるのが本当に嬉しいということ。

 

 だから、自分が理解した範囲で感情は関係なく、「~だから嫌い」と面と向かって言われたらむしろ嬉しいくらいですよ。自分は。他のアーティストは知らん。

 

 嫌いと言われて傷つく位の感性のなさなら、アートには向かない。

 

 そういう訳で、今回も全く話は一般化しませんが、これから個人的にリスクを取りながら展示会の批評めいたものを書いていきます。

 

 全く何も得しないので、熊本では誰もやりませんが、これからは書きます。

 

 は~。

 

 バカなんだな。こんな深夜に疲れるだけなのにな。

 

 サリュ

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