« 2014年12月 | トップページ | 2015年2月 »

2015年1月

2015年1月28日 (水)

民俗学て何だと思いながら。

 最近、陰謀論にはまっていまして。

 

 つまり、資本主義の仕組みってどこから生まれて、どう波及したのかな?という根本的なことを考えているのです。

  そうするとどうしても貸金業のことを考えるしかない。

 

 紙幣というのは、安倍晴明に言わせれば式神なんか裸足で逃げ出す呪術ですよね。

 

 命が安い国に行けば、この紙を日本円で十何枚かで奪える。

 

 どうしてこうなったんだろうかと考えるわけです。

 

 考えざるを得ない。

 

 そうすると、日本が世界と戦火を本格的に交えた日露戦争から見直すしかないと思います。

 

 日露戦争の膨大な戦費をどうしたか。

 

 ちょっと調べてみて下さいね。

 

 陰謀でもなんでもなく、ここから色々始まったことが分かります。

 

 それはいいのですが、大東亜戦争終戦後、GHQの占領政策によって戦前の日本の何を書き換えたかったを知りたいのです。

 

 それを知る為には、柳田國男を経験して折口信夫を知るしかないのかなと思っています。

 

 今現在ISISが行っているテロ、誘拐、脅迫のエンドユーザーはあきらかだと思いますが、うすぼんやりしてた日本も照準になりました。これがどういうことか、真剣に考えないといけません。

 

 大東亜戦中、日本が掲げていたバカげた民族主義が知りたいのではなく、そういう風に考えるに至った道筋の中に今の問題を紐解く何かがあるはずなんだな。

 

 この小さい島国が、SNSのない時代に世界を敵に回して正面から戦争をしたのだから。

 そこに至る考え方を、戦後民主主義というパラダイムシフトと関係なく読み解いてみたいという欲望を感じます。

 

 熊本には、神風連の乱という、誇るべき蟷螂の斧があるのだから。それに続く西南戦争もほぼ熊本で雌雄を決しているし。

 

 きちんと歴史をみていくと、今考えることが必要なことが見えてくる。

 

 それをアートと繋げて考えていきます。

 

 うん。

 

 相当面倒なことですね(笑)

 

 サリュ

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年1月23日 (金)

富国強兵から見直す絹。

 

 またとんでもないタイトルですが、ゆるっと書くので読んでいって下さい。

 

 幕末から明治、大正まで日本の輸出業の根幹を成したのは絹でした。

 

 日本から西欧列強に売れるものは、絹しかなかったわけです。

 

 みなさん。絹の服を普段着てますか?

 

 正直な意見を言うと、1,000円のTシャツを10枚買うより、1枚10,000円の国産絹のTシャツを着る方が気持ちいい。

 

 Tシャツじゃ思いきれないなら、寝具で考えて下さい。

 

 この際、国産シルクでなくていいかもしれない。

 

 綿に関して言えば、農薬バリバリ使っていても分かりません。そこら辺の安い服の綿100%でも必要以上に合理化してたら、環境負荷が高いかもね。

 

 ところが、絹に関しては事情が異なります。

 

 お蚕さんは虫ですから、中国で育てようが、どこで育てようが無農薬の桑の葉でなかったら育たない。

 

 話がずれた。

 

 要するに、坂の上の雲で一躍有名になった日露戦争で使われた、大日本帝国海軍の船籍は日本の絹と引き換えに手に入れたのです。

 

 それくらい魅力的だった繊維は、今では合成繊維にとってかわられています。

 

 「同じような」ナイロンで、格安で手に入る着心地。

 

 う~ん、富国強兵語れなかったな。

 

 すみません。

 

 サリュ

 

 P.S布団無理だったら、パジャマを絹にしてみて下さい。びっくりするくらい気持ちいいよ!快適な眠りは大好きさ。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2015年1月22日 (木)

ブログを書くという呪い(笑)。

 

 そう、ブログを書くというのは呪いのようだ(笑い)。

 

 たいした話題がいつもあるわけではなく、今日もイスラム国の件について反射的にtwitterには書きましたが、ブログで厚みがある意見を書こうという気分にもなれず。

 

 何で書いているんだろうと、たまに思いますがもう習慣としか言いようがないです。

 

 最近は、お金って何だろうとか、とても基本的な社会の成り立ちに素朴な疑問を持ち始めています。

 

 何でペラ紙で、色々手に入るのかなとか。

 

 万券を3,000枚集めると、家と交換できる。

 

 この紙、式神よりやばいなとか。

 

 この紙の価値を無効化したら、どういう世界ができるんだろう。

 

 まず思い浮かぶのは、食べ物を作っている人たちが、重要になってきますね。戦後と同じなんだけどものが溢れている状態だから色々条件が違ってくるだろうな。

 

 インフラも重要です。石油も輸入できなくなるから、色々大変。何気に、ラップとか発砲スチロール、そういうものが無くなるんで現在流通している食べ物の大半が、製造不可になる。

 

 車も動かない。なにより人の手が重要になる。

 

 こういうどうでもいい妄想を書けるのがいいところです。

 

 意味があるという幻想から自由になると、こういうブログも成り立ちます。

 

 たいていのことに意味なんてほとんどありません。

 

 意味が欲しいという痙攣みたいなものがWikipediaです。

 

 ないから欲しくなるんだ。

 

 思えば不思議で。

 人間は絶対に死ぬのに、自分の人生や生き方に意味を求める。

 

 何でだろう。

 いつか絶対死ぬのに能天気に明日、何を喰うか考えてる。

 

 そういうのは、理由はないのかも知れません。

 自分が絶対死ぬことが分かっている、知的生命体は、なぜ絶望しないんだろう。

 

 そこんとこ考えたい

 

 サリュ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年1月20日 (火)

あたりまえだと思っていた。

 

 今まで、自分がアートに関わって活動していくことが当たり前だと思っていたのです。

 

 先日、デザイン専門学校の学生にインタビュー取材を受け、当たり前だと思っていた前提をもう一度確認することになりました。

 

 その学生からすると、生きたいように生きているように見える、「わがままに生きている」という前提のインタビューでした。

 

 面白いなと思ってね。

 

 言われてみると、確かにわがままに生きているかもしれないです。

 

 しかし、思い返してみれば、人生としてはきついことや惨めなことも多い。

 

 生きているうちに社会的に成功していないアーティストがどんだけ惨めな思いをするか、今更説明をしたくもないよね。

 

 そんな生き方をなぜ選んだのだろうと、ふと思ったわけです。その時点で大分自分の歳を意識したのですね。

 

 30代を振り返ると、光速で過ぎたなと思う。

 

 細かい諸々は置いておいて、常に新しい状況に身を置いてきた実感はあります。

 

 自分の生活の安定とかどうでもいいので、熊本でアートの状況を作ることができないかとそういう人生の選択をずっとしてきたことが、あたりまえでした。

 

 最近冷静になって考えてみると、相当生き方としては生きづらいなと思いました。

 

 当たり前に活動してきた事が、当たり前ではないなと。

 経済的にきちんとやれなかったら、なかなかまとまった時間を作って作品を制作することもできないし。

 

 そういう諸々を、改めて考える時間をもらってありがたかったです。

 

 サリュ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年1月11日 (日)

今年はもう少し、改めてブログを頑張ってみようかと思います。

 

 ブログの記事数も、書き始めてから900に達しようとしています。

 

 他にはツイッターを深夜の時間帯で主にやっており(その時間しか自由にならん)、現代人って学生の頃より作文をしているよなと思ったり。

 

 表現に関する活動をしているので、自然と色々情報や伝えたいことがありますが、ブログを始めた頃はここまで続くとは思ってもいませんでした。

 

 7年やって、4年前からアクセス累計を取り始めてやっと最近11万アクセスという、過疎なブログです。

 

 始めて2年位は、アクセス0なんて日が1週間続いたりしてこんなの何の意味があるんだろうかと思っていました。

 

 途中から、これは日記なんだからアクセス数とか気にしても仕方ないし、アクセスを稼ぐ努力もしていないしと思い、日々思い通りにならない熊本でのアート活動への悪態をつく日記になっていたりして。

 

 それは今でも変わらないのですが、4年前位から、アクセス数0という日がなくなってきたので累計アクセスを試しにカウントし始めました。

 

 最近の1日の平均アクセスは30位で、企画や何やかややり始めると100~200に急に上がるみたいに推移しています。

 

 こんなサービス精神0のテキストしかないブログでも、毎日誰かが30人は訪れてくれていると思うと胸が熱くなりますね。

 

 最近はさらに更新回数も減りつつあり、これではいけないと今年からまた書いていこうと思っています。

 

 ブログへのアクセス数が、毎日0じゃない幸せってあるんです。本当に。

 

 誰かと繋がっているってことだもんな。

 

 熊本ローカルのアート活動話を毎日誰かが読んでくれている。

 

 ありがたいことです。

 

 あ、また丸くなったとか関係各者から言われるなこれは。

 

 サリュ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年1月 9日 (金)

今年は批評的なことを試みようと思ってますが、なかなかアートと出会わない件。

 

 基本的に、出不精ではないのですが、なかなかアートと出会いません。

 

 まだ熊本市現代美術館の展示と、熊本県立美術館のパスキン展に行ってませんが。

 

 しかしこのふたつに行くと、主な展示は終わるわけで。

 

 ギャラリーとかに目を向ければ、何かしらやっているのでしょうが。昔からギャラリー巡りをした事がありません。

 

 そんなんで本当にアートがやれるのかと言われそうですが、やれます。

 

 鑑賞と制作、活動はほとんど関係ないことが最近自分の中で分かってしまいました。

 

 特に熊本でほんまもんに出会うのは、奇跡のようなことで。

 

 ほんまもんではない展示をみて、どうこういうのもできるけど、書かれた方は傷つくのかなとも思ったり。

 

 本当は、一言「ダメだった」でも言われた方がいいと思うんですけどアーティストはね。展示する以上はそれは当然の事だし。

 

 そういえば、熊本とパリでしか展示したことありませんが、熊本の展示で褒められたことはほとんどないな。面と向かって嫌いな絵と言われることの方が多いです。

 

 仕方ない。描きたいことしか描いてないし。

 

 絵だと自分の絵が評価の基準になるので、見方が偏りますね。

 

 そんなこと言わずに、自分とこの展示を見に来て何か書いて欲しいという奇特な方がいらっしゃったらコメントでも下さい。

 

 もちろん思ったまま書くので。

 

 面白い展示はないか~、熊本で~。

 

 サリュ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年1月 5日 (月)

今年の抱負。

 正直、今年ほど方向性が混沌としている年は今までありません。

 

 株式会社アーダンという、シルク化粧品を主に扱う会社に、去年就職しました。40年生きてきて就職するのが初めてという、やくざな生き方をしてきたわけですが。

 

 アーダンは化粧品だけではなく、近年注目が高まっているシルクの再生医療の分野にも今後展開して行きます。

 

 自分に何が求められているのかは明確で、自社製品をもっとクリエイティブなイメージに持っていくこと。

 

 イメージに持っていくことと書きましたが、実際には製品は世界に先駆けた非常にクリエイティブなものです。

 

 単に、これから世界にアピールする為のデバイスを持っていないだけです。

 

 そこで自分が選ばれたんだと思います。

 

 さてこれからどうするか。

 

 全部作り出していきます。フリーハンドです。

 

 今までガチのアートをやってきた人間が、シルクの新しいあり方を世界へ問い直す会社で何をやるのか。

 ここは日本の中でも全く前例がない事例ですから、是非注目して欲しいです。

 

 サリュ 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年12月 | トップページ | 2015年2月 »