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2015年1月22日 (木)

ブログを書くという呪い(笑)。

 

 そう、ブログを書くというのは呪いのようだ(笑い)。

 

 たいした話題がいつもあるわけではなく、今日もイスラム国の件について反射的にtwitterには書きましたが、ブログで厚みがある意見を書こうという気分にもなれず。

 

 何で書いているんだろうと、たまに思いますがもう習慣としか言いようがないです。

 

 最近は、お金って何だろうとか、とても基本的な社会の成り立ちに素朴な疑問を持ち始めています。

 

 何でペラ紙で、色々手に入るのかなとか。

 

 万券を3,000枚集めると、家と交換できる。

 

 この紙、式神よりやばいなとか。

 

 この紙の価値を無効化したら、どういう世界ができるんだろう。

 

 まず思い浮かぶのは、食べ物を作っている人たちが、重要になってきますね。戦後と同じなんだけどものが溢れている状態だから色々条件が違ってくるだろうな。

 

 インフラも重要です。石油も輸入できなくなるから、色々大変。何気に、ラップとか発砲スチロール、そういうものが無くなるんで現在流通している食べ物の大半が、製造不可になる。

 

 車も動かない。なにより人の手が重要になる。

 

 こういうどうでもいい妄想を書けるのがいいところです。

 

 意味があるという幻想から自由になると、こういうブログも成り立ちます。

 

 たいていのことに意味なんてほとんどありません。

 

 意味が欲しいという痙攣みたいなものがWikipediaです。

 

 ないから欲しくなるんだ。

 

 思えば不思議で。

 人間は絶対に死ぬのに、自分の人生や生き方に意味を求める。

 

 何でだろう。

 いつか絶対死ぬのに能天気に明日、何を喰うか考えてる。

 

 そういうのは、理由はないのかも知れません。

 自分が絶対死ぬことが分かっている、知的生命体は、なぜ絶望しないんだろう。

 

 そこんとこ考えたい

 

 サリュ

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