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2015年2月 2日 (月)

熊本市現代美術館の、鉛筆の力展とパープルーム大学2の演劇ワークショップを見てきました。

 まず、鉛筆の力展から。

 

 まず、真っ先に思ったのが、木下晋さんの絵で一番好きだなぁと思ったのが、実母を描かれた絵でした。

 

 理由は、描かれた対象と、作者の意識の距離が丁度いいこと。

 

 

 描かれた対象(実母)の中に、心理的に入り込めていない距離があり、それが対象を造形のモチーフとして描こうとしているのが気持ちよかったです。

 

 ごぜ(漢字変換難し)を描いた絵は、自分が描きたかった何かを「見つけた」感がありました。

 

 自分がしたい表現を対象に投影し過ぎてて、鑑賞者を寄せ付けないエゴイスティックさがあり、それもまた「絵」だと思いました。

 

 説明し過ぎる感があるのは、仕方ないと思います。そこまで描かなくては、他人にはわからないだろうというサービス精神かなとも。

 

 実母を描いた絵は、近親者とのディスコミュニケーションが浮き彫りになっていて、却って絶望感が増していて素晴らしかったと思います。

 

 ごぜの絵は、ファンタジーなのでファンタジー好きにはいいのかなぁと思いました。10Bの鉛筆のエピソードもファンタジーの福神漬けなんだなぁと。

 

 簡単に言うと、ヤクザ映画を撮るのはヤクザじゃない。というのか。

 

 絶望を描くのは、絶望した人ではない。ということ。

 

 どこまで行ってもフィクションで。

 

 絶望を描いているうちにあっち側へ行ってしまった芸術家はたくさんいますが。

 

 そうではなくて、あくまで自分を投影したフィクションに見えるので、安心して鑑賞できました。

 

 よくできた映画を見ているような感じというか。

 

 吉村芳生さんの絵はまた全然違っていて、これまた面白かったです。

 

 一番好きだったのは、金網を描いていた絵でした。

 

 むこうと、こっち側を描きたかったのとはまた違う印象があり。

 

 パリの新聞に自画像を描いている作品群は、揺らぎというか、このままでいいのか?という自分の表現に異国で真摯に向き合っている痛ましさみたいなものがあり、それが非常に新鮮でした。

 

 技術的にはハイエンドなものを持っていつつも、結局表現の行きつく先は何なのだという「揺らぎ」を、還暦を越えて持ち続けられる感度の生鮮さに撃たれた感じです。

 

 あと、絶筆の絵の感想は「右利きだったんだなぁ」でした。

 

 絵の描き方が、自分と全く同じだったもので。自分が使っているパステルも、色鉛筆も、油と違って全体を調子みながらバランスよく描くことができない画材です。右利きなら左上から順に完成させながら描くしかないという、画材の呪縛がよく分かる絵でした。

 

 パープルーム大学2の、岸井大輔さんの演劇ワークショップは面白かったです。

 

 パープルームの何が苦手かというと、「美学生感」だったのだなぁと分かりました。

 

 九産大の芸学にいたときから苦手だった、あのモラトリアム感が、岸井さんの手法で肯定されていくさまをみるにつけ、20年前に見たかったなぁ~と思っていました。

 

 前にも書いたと思いますが、こういう展示とワークショップが現代美術館で可能になったという、感無量な感じがします。

 

 10年前なら、到底無理だったろう!と。 

 

 熊本の文化度もここまで来たんだ!と。

 

 そこの部分は大肯定ですが、やはりパープルームの中身については、「嫌い」なんだな、そこは確認しておきたいです。

 

 自分が好きに表現したいだけなら、ご自宅でどうぞと、仲間内だけでどうぞと、そういうことをきちんと言ってこなかったから今の地方のアートの現状があるので。

 

 確かに、自分が表現したいことをするのがアートだとすれば、すればいいよ。自由に。

 

 誰も止めはしないし。

 

 今、話題にしているここの地獄のような溝を、学生はきちんと教えられているのかな?とは思いましたけれども。

 

 角砂糖のような言葉の先に、何が待っているのかは、才能がないローカルアーティストとしては非常にきになりましたが、今回はそこまでのあれではなかったので、楽しめました。

 

 今回も展示の批評のようなものを書きました。

 

 サリュ

 

 

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