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2015年5月 1日 (金)

和の感覚をアートとモードの企画にできないかな。

 最近思うのは、手の届く範囲をもっと大切にしたいな、ということ。

 食べ物や、住んでいる場所とか。

 アートにずっと触れてきて、ほぐれないしこりがずっとありましたが、答えが見えてきたような。

 現代アートの主流って、前例を踏襲しつつ否定の提案、この繰り返しで進んでいます。

 この根っこにあるのは、西欧植民地主義なんだと思います。征服して、新しい文脈で支配すること。

 そこに脈々と受け継がれてきたものをなぎ倒して進んでいく。

 だから、今世界中の現代アート未開拓のアート辺境地では、現代アートの文脈における伝統文化の収奪が起こっているように見えます。

 中国から始まり、東南アジア、今はアルジェリアとか紛争地域に移って行きます。

 そこでは、まだアートの文脈に組み込まれていない目新しい伝統文化が、アートピースとして評価されて流通していくブームが起こる。

 こういうことは、ずっと起こり得るのでもういいかなぁ、と思い始めました。

 日本には日本の良さがあるだろうと思います。

 日本の伝統文化を今更持ち上げる気もなく、では何を表現していくのか。

 日本が脈々と繋いできた日本たるものは何か。

 それはまさに、「繋いでいく」という精神性だと思います。

 100年後のこと、100年前のことを思いながら継続的に生きていくこと。

 現代アートの文脈と、相いれるはずがないです。

 大東亜戦争後、この精神性を教育で無くそうとしてきた日本。個性が大事とか。必要ない、個性なんて。幻想だから。

 自分も何かの「繋ぎ」なんだと思うから、世界に繋がっている実感が持てます。

 和を持って貴しとなすとは、協調とか同調圧力ではないです。

 自分がどんな人間だろうと、世界と繋がっているという感覚が「和」だと思います。

 決して、伝統和柄とかそういうことではない。無形の精神性のことです。

 後にまかせる人たちがいる、そう考えるから「特攻精神」が受け入れられたのでしょう。自分が個人として完結する考え方では特攻は無理です。特攻の是非は置いておいて。

 世界と切れて、個人主義人間が増えているのが、今の日本でしょう。

 この「繋ぎ」感覚を作品にできないか?

 アートとモードの企画として提案できないか?

 日々考えています。

 サリュ

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