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2015年9月

2015年9月27日 (日)

何でもやってみればいいと思います。

 アートNPOを、やるとは思ってもいませんでした。30歳のころは。

 複合的なアートイベントを手掛けるとも、地域アートを行うとも、思っていなかった。

 ただ、現状を打破する為には、何をすればいいのか。

 それだけを考えていました。

 そして40歳になり。

 パフォーマンスの制作、公演のディレクターをやるという、これまた、思ってもみなかった展開です。

 去年、熊本市現代美術館で、確かにコンテンポラリーダンスの公演を企画しましたが、世界的なダンサーを招いて、中身をしっかりお任せした企画でした。

 自分が直接手掛けるのとは、意味もハードルも全く違います。

 しかも、やりっぱなしという訳にはいかず、ある程度評価を得なければ、次に繋がらないという勝負でもあります。

 熊本に、コンテのダンサーがいれば相談することも可能でしょうが、ここはそういのは不毛の土地ですから。

 竹之下亮君がいれば、迷わず相談したろうな~。

 ガチのファッション販売最前線の場での、表現になります。

 舞台としては、ARTの文脈からは全く離れた場所での展開です。

 アウトサイダーアートでしょうな、これは。

 意味合い的には、そういう場所でこの企画を試む人間が出現した、ということでしょう。

 その昔、福岡天神イムズで開催されていた現代アートの企画の路線とも、また違います。

 ファッションという枠の中で、現代的なパフォーマンスを行うことで、ファッションとアートの境目を拡張する試みです。

 そう。境界のゾーンを拡張します。曖昧さをもっと広げる。

 今必要なのは、明確に事を割り切ることではなく、ジャンルの境界の幅をもっと広げること。

 これを、展示販売の会場で行うことで、本当のリアリティーを獲得します。

 劇場じゃない、アートの為の空間でもない、いわば完全なアウェーです。

 昔、イオンモール熊本で、竹之下君に通路でインプロビゼーションをやって頂いたときの緊張を思い出します。あれは今思い出しても、かなり早かった企画と思う。よくやったな、竹之下君と自分。人垣ができました。

 それに近しいと思います。

 しかも、最後はファッションとして回収しなければいけません。

 えっと、考えます…

 サリュ

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2015年9月26日 (土)

現代百姓を地で行く仕事。

 百姓というのは、基本的にどんな仕事でも大体自分でやるものです。

 現代では、分業が進んで、お金を払ってサービスを受けあうシステムになっていますね。

 最近は農業を始めましたが、だから百姓というわけではありません。「現代」が付くのがミソです。

 熊本でパーソナルメゾン、アートNPOをやる。

 その中で、営業、HP作成、デザイン、撮影、制作、何でもやる。

 さらに、今回は最新の情報として、パフォーマンスの企画を制作します。まさに百姓。

 ついでに絵も描く。

 パフォーマンスの企画詳細は、もうまもなく発表できますが、結構今までとは違う陣容で挑みます。

 新たに、東京のプロデューサーと組んで、企画のディレクターとして動く予定です。

 去年に引き続き、加速度的に様々なことが進行中です。

 いよいよ来年は、東京に進出予定。モヒカンポシェットの作品取扱い店は、自由ヶ丘にありますが、企画としては初!という事柄が進んでいます。

 次は世界です。

 今、この一連の動きは、このブログかツイッター、もしくはモヒカンポシェットのブログとHPでしか公開していません。

 パブリシティーを一切熊本では、行っていないからです。

 深く、静かに進行している企画の様々です。

 現代の百姓として、やれることは全部やるという姿勢ですね。

 一番苦手なのは、経理です。数字苦手です。

 一番得意なのは、絵を描くこと。

 サリュ

 

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2015年9月17日 (木)

熊本市現代美術館で開催中の、POP ART展見てきました。(with アートホーリメン解説付き)

 アメリカンポップアートは、高校生のときに図書館で知って以来、どこか敬遠して今に至りました。

 美学の一環としては、もちろん勉強していますが、敬遠していた以上、どこかよそよそしい感じで接していました。

 今日は、熊本が誇る現代アートの旗手、アートホーリーメン の解説付きという、非常に贅沢な時間でした。

 リキテンシュタインの方が、アーティストとしての強度があるのに、なぜヲォーホルの方が前面に出るのか。

 リキテンシュタインの晩年に近い作品のブラッシュストローク作品は、本当に絵画的強度が強くて素晴らしい!あの絵は、自分の中でポップアートの印象を書き換えるポイントになりました。というか、ポップアートの概念を使った、全く独自のドローイングに思えました。ゾクッときましたね。技術も異常に凄いし、ひとつの金字塔ではないのか。でも、世間ではあまり知られていないのが非常に残念…

 その点、ヲォーホルの作品の紙ペラ度が際立っていて興味深い。「アメリカンポップアートの神byアートホーリーメン」曰く、キャンベルスープ缶のしらじらしいまでの意味のなさが、際立っていました。

 「大量生産、大量消費、無意味がかっこいいという価値観の転倒が、アメリカンポップアートの真髄byアートホーリーメン」

 確かに、現代でもアーティストが描くたったひとつの作品より、大量に出回る付加価値がベッタリついた大量生産品の方が、多く出回っています。絵画集もそのひとつと、個人的には思っています。

 その他、ほぼ全員のアーティストのアートホーリーメン講義を受けて、濃密な一時間半位の鑑賞の後、カフェで3時間程、アート談義をしました。

 ただただ、アートについて3時間もカフェで談義する。

 昔のパリって、こういうアーティストが何人かいて、一杯のコーヒーで無作為に熱く談義してたんだろうなという時間が過ぎました。

 さっきまで話していたのに、何を話していたのかさっぱり覚えていない"(-""-)"

 でも何かを夢中で語っていたんだよな。

 やっぱり、酒が入るとだめですな。

 カフェでないと。

 今日のカフェは、上通りに入って、スイスの先の左側の小道を入って行くとバリスタがいるカフェがある店でした。コーヒー美味しいよ。となりの道に通り抜ける道のところ。最近よく行く。

 店の名前は分かりませんが、通りに手描きの看板が出ています。

 贅沢な時間。

 サリュ

 

 

 

 

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2015年9月15日 (火)

【モヒカンポシェット】服と本展のオブジェクト制作中。

 モヒカンポシェットのアートとモードの新企画展が、いよいよ来月末から始まります。

 服も日々制作していますが、会場に展示予定のオブジェクトも制作中です。

 今回は、何を思ったか刺繍で作品を制作することになり、ちょっとヤバイスケジュールになってきたかな~?

 毎年2企画、6会場展示販売が基本になりつつあります。

 正直、割とこれだけでも結構な制作量がありますがそれに加えてA-クロニクルも始めてしまったので、なかなかな時間を制作に費やしています。

 服の作品は、完全一点もののオリジナルなので、型紙はありません。

 このスタイルを貫いてきましたが、今後も同じスタイルで行きます。

 毎回他のアーティストと一緒に企画展を行ってきましたが、今回はアートのクリエーションは自分が担当しています。

 体制的には、今までで一番ミニマムですが、そのぶん機動力は高まりました。

 まだ、オブジェクトが完成していないのでどうなるかは分かりませんが、面白い展示にしたいと思います。

 サリュ

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2015年9月14日 (月)

明日は農作業です。だんだん、畝が増えつつあります。

 今年の6月から始めた畑は、季節的にモロヘイヤが終わった感じです。あとは、種を採って枯らします。

 自然農法というのは、枯らすまで、ということらしいです。

 現在、大豆を枯らし中です。うまく乾燥するでしょうか。

 小豆はぐんぐん育っています。

 どうやら、かぼちゃと冬瓜は種を蒔く時期が遅かったらしく、実がつきませんでした。

 先々週にネギを、新しい畝に種まきしました。台湾に行っていたので、2週間振りで心配ですが、そもそも自然農なので、草を刈るくらいしか手入れしません。

 多分大丈夫でしょう。

 新たに、野口種苗に玉ねぎと白菜の種を注文しました。玉ねぎはタイミングがギリですが、まぁ大丈夫なんじゃないかなぁ。

 という感じでゆるくやっております。

 自分で食べるものを作るというのは、本当にいいものだなと思います。

 基本的には放っておいても結構大丈夫な自然農は、週イチ畑にぴったりです。

 自然農の畑の中にも、虫達やかえる、蛇、その他たくさんの世界があります。正岡子規ではありませんが、この畑の中に世界があるんだなと、作業途中にぼーっと思ったりします。

 この調子で畝を増やして、1年間の野菜の大部分を採れるようになるといいな。

 一体、何に備えているのか自分でも分かりませんが、無意識の奥の方で食べ物を作れという指示が出ているのかも知れません。

 アーティストは炭鉱のカナリヤとよく言いますが、そんな感じです。

 皆さん、食べ物を作った方がいいですよ~というメッセージ。

 都会ではなかなか難しいと思いますが、プランターでもいいよね。

 去年から今年にかけて、生活を変えていってます。

 作品も変えました。

 自然とそうなりました。

 サリュ

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40歳にして、やっと美術家の端くれになれた気がします。

 以前、パステル画を描いていたころ、ずっと何か違和感がありました。

 画材の問題なのか、絵のテーマの問題なのかよくわからないまま制作を続けていました。

 真綿で首を絞められているような、呼吸がしにくいような、酸欠のような、このまま行ったら緩慢な死しかないような。

 その時思ったのが、「でもこれはアレだ、若い芸術家がよく陥るやつだ。今風に言うと、承認欲求というやつだ。自分が思う自分の姿と、世間との認知のズレだ」という、自己分析でした。

 才能がない自分が、世間で認められる為には、時間がかかるという前提の生き方をしてきました。

 その間、絵画作品は相変わらず自分の内面を見つめるものばかりでした。世間とずれてしまうのは、自分の中にある何かが原因だと思って。

 売れる、売れないを前提にできない自分は、現実社会の中では役に立たない美術家だと思い込んで制作していました。

 それは今も変わりませんが、アートを社会化するという実験を、NPOアートスイッチで実践していく中、これもまた違和感がつきまといました。

 地域アートイベントは、結局交渉が全てです。

 生み出す価値が、ほとんど交渉なら、地域の消防団に入ったほうが、まだましかな。

 熊本の新町の町屋で行ったKUMAMOTO城下町大遊戯で発掘したのは、るろうに剣心のモデルになった、河上彦斎でしょうか。

 結構、色んな方々に波及して、見ていてわくわくしましたね。FMKのラジオドラマにもなったしね。

 そうやって、アサヒ・アート・フェスティバルにも採択して頂きながら、どこまでも違和感があるわけです。

 なんだろうと、かなり長い時間考えていました。

 さすがに、承認欲求じゃないなと、確信に至ります。

 自分が、社会に有用な何かをできているかな?という疑問でした。

 相当できていないな。

 ここから説明すると長くなるので、切れ切れで説明していきます。

 自分は基本的に、職業が何であろうが、日本に有用であれと思っています。

 もっと小さく言えば、誰かの為に生きたいと。

 美術家が、誰かの為に生きることができるのかな。

 西欧のARTのコンテキストでは無理です。

 でも、日本の美術家になら出来ると信じている。

 そういう思いで今、作品を制作しています。

 熊日デザイン賞で大賞、文部科学大臣賞を頂いた、技法もテイストも全部打ち捨てて、新しい荒野へ踏み出しました。

 必要ならそうするだけのこと。

 それが真の美術家だと思う。

 サリュ

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2015年9月13日 (日)

最新作【A-クロニクル】制作快調!

 先日、台湾に行って、ずっとどこかの国の植民地だった国のねじれを実感しました。

 その点、日本はずっとアメリカの植民地なんだなと、色んな国を訪れる度に思います。

 直接的な支配ではなくて、非常に巧妙な、間接的な方法でね。

 最近は、あのオザケンが、「現代アートは支配階級層が使う、貧者へのガス抜き」ということを言って、まぁ誰の注目も集めていません( 一一)

 確かに。

 何か、傷ついた人や、終わっていく集落や、一見何もない集落でアートがいま、キテルみたいな感じをこの数年間感じていました。

 自分も、数年間そう思っていて色々やってきましたが、この流れに意味はないと思う。

 終わっていくものは終わっていく。

 これから始まるものは、もう始まっている。

 時の流れは、残酷で滋味深いものです。

 どちらか一方というのはありえません。

 地域アートとか、ビエンナーレ形式での、日本開催の諸々はもうだめでしょうね。

 何がダメかというと、ほとんど新しい価値観を生んでいない。

 地域の中で、小さな変化をいくつももたらすという意味では、かなり機能しています。素晴らしい!

 でも、自分が求めるアートはそういうものでは多分ない。

 造形的にとか、感覚的にとか、何でもいいですけど、一瞬で虜になるような「作品」なんです。

 だから、作品を作らない作家はどうでもいいし。

 さて、現在制作中の【A-クロニクル】のAの部分は何かというと。

 アートホーリーメンなんだな。

 あの作品世界がいかにして生まれたか、それを解き明かす為に、1981年、熊本本妙寺、ハンナ・リデルとジャン・メリー・コールまで出てきます。

 これは、ラヴクラフト神話体系まで、高めたいと思います。

 みんな頑張れ。

 40歳のおっさんが頑張って、仲間の世界観を借りて表現しているんだ。

 サリュ

 

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2015年9月12日 (土)

台湾に行って思ったこと。

 初めて台湾に行きました

 観光客にとっては、素晴らしい国です。

 ホスピタリティは、かなり高い。

 ただ、台湾の歴史をあまりにも知らずに行ったから、要所でとまどいました。

 ガイドの張さんが言うには、400年前にオランダが植民地にする前には、台湾には文字がなかったから、歴史がよく分かっていないということ。

 大東和戦争戦前、戦時は日本の植民地ですね。つまり、日本だったから、甲子園に出場したんです。台湾代表が。

 正直、植民地政策としてはおかしい。

 八田興一 を知ったのも、今回の旅が初めてでした。

 植民地の意味を、よく分かっていなかった当時の政府が、よくもわるくも今の日本に通じているよな。

 ちなみに映画KANO はこちらです。

 日本と台湾の関係を知らなかった。いや。

 知ってたけど、深くは知らない。

 食べ物はは、信じられないくらいおいしいよ!

 日本の外食関連が、本当に、ごみに思えるくらいに、化学調味を使っていないからね。

 医食同源。

 これが台湾の本質だと思います。

 あとは、彫刻が、本当に凄い。技術的に。 

 残念なのは、今や彫刻に伝統的な超絶技術を欲していないということ。

 現代アートも同じ問題を、内包しているよね。

 サリュ

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