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2015年9月14日 (月)

40歳にして、やっと美術家の端くれになれた気がします。

 以前、パステル画を描いていたころ、ずっと何か違和感がありました。

 画材の問題なのか、絵のテーマの問題なのかよくわからないまま制作を続けていました。

 真綿で首を絞められているような、呼吸がしにくいような、酸欠のような、このまま行ったら緩慢な死しかないような。

 その時思ったのが、「でもこれはアレだ、若い芸術家がよく陥るやつだ。今風に言うと、承認欲求というやつだ。自分が思う自分の姿と、世間との認知のズレだ」という、自己分析でした。

 才能がない自分が、世間で認められる為には、時間がかかるという前提の生き方をしてきました。

 その間、絵画作品は相変わらず自分の内面を見つめるものばかりでした。世間とずれてしまうのは、自分の中にある何かが原因だと思って。

 売れる、売れないを前提にできない自分は、現実社会の中では役に立たない美術家だと思い込んで制作していました。

 それは今も変わりませんが、アートを社会化するという実験を、NPOアートスイッチで実践していく中、これもまた違和感がつきまといました。

 地域アートイベントは、結局交渉が全てです。

 生み出す価値が、ほとんど交渉なら、地域の消防団に入ったほうが、まだましかな。

 熊本の新町の町屋で行ったKUMAMOTO城下町大遊戯で発掘したのは、るろうに剣心のモデルになった、河上彦斎でしょうか。

 結構、色んな方々に波及して、見ていてわくわくしましたね。FMKのラジオドラマにもなったしね。

 そうやって、アサヒ・アート・フェスティバルにも採択して頂きながら、どこまでも違和感があるわけです。

 なんだろうと、かなり長い時間考えていました。

 さすがに、承認欲求じゃないなと、確信に至ります。

 自分が、社会に有用な何かをできているかな?という疑問でした。

 相当できていないな。

 ここから説明すると長くなるので、切れ切れで説明していきます。

 自分は基本的に、職業が何であろうが、日本に有用であれと思っています。

 もっと小さく言えば、誰かの為に生きたいと。

 美術家が、誰かの為に生きることができるのかな。

 西欧のARTのコンテキストでは無理です。

 でも、日本の美術家になら出来ると信じている。

 そういう思いで今、作品を制作しています。

 熊日デザイン賞で大賞、文部科学大臣賞を頂いた、技法もテイストも全部打ち捨てて、新しい荒野へ踏み出しました。

 必要ならそうするだけのこと。

 それが真の美術家だと思う。

 サリュ

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