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2016年9月

2016年9月27日 (火)

知恵熱でそうなほど考えています。

 知恵熱なのか、こめかみ痛い。

 今日は、久しぶりに図書館に籠りました。

 ホームページ立ち上げたときや、きちんとした営業を学んだ場所。企画書や、マーケティングやマーチャンダイズや、その他諸々も全て、図書館で。

 新しいモヒカンポシェットの展開を模索中で、人生で数えきれない回数目の図書館籠り。

 何か、掴んだと思う。

 新しい展開を。

 ここから先は、再び手探りで新しい道をたどり始めます。

 何をどうすればいいのか、もう誰も教えてくれない場所にいるから、自分で選択してすすまなくてはいけない。

 いつも新しい展開を考えるときは、図書館と決まっている。

 今回も例外ではありません。

 あの、興味ない本の背表紙が膨大にある中だと、おもいもしなかった想像が浮かんで脳内でスパークする感じ。

 ネットでは不可能な、本の背表紙の無意識ザッピングは、新しい発想を生むのに必要不可欠です。

 というわけで、今回も新しい動きが始まります。

 全く新しい展開。

 準備も必要だし、計画もきちんとしないととん挫しそうな企画です。

今年の下半期から、新しいフェーズに入ります。

 モヒカンポシェット開店も、来年で8周年。

 早いのか、順当なのか分かりませんが、支えて頂ける皆さまのおかげさまで、ここまでくることができました。

 きっとまた、面白いことをご提案できると思います。

 サリュ

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2016年9月25日 (日)

事業規模の拡大はしない。仕事の質を上げる。

 どんなことでも、現状維持を目指すのは、実は落ちていくだけ。

 というのはアートに限らず、仕事の鉄則だと思う。

 最近、現状維持というよりも、現状の仕事量を整理せずにあれもこれもと、量を増やしている感じだった。

 仕事量が増えるのは、いいこと。

 これまでは、仕事をマッチポンプで自分で作らなくてはいけない状態だったから。

 今は違います。確実にこなさなくてはいけない仕事の量が、倍増中。

 ここから先は、質か量か?という領域になる。確実に。

 普通のビジネスなら、ここまでの質を担保して、量の増産に入ります。人件費が安い工場を探すか作るかして、販路と商品を増産して、資本を増やす。

 人員を増やす。

 商品構成を多角化して、全身のコーディネートで揃えられるように、靴やアクセやコスメ何かも、リサーチ始める。

 マーケティングして、東京の国際ファッションEXPOなんかで、OEM製品を作れる業者を探したりして。

 さらに、中国を含めたアジア戦略で受注の量を増やしつつ、会社の規模を大きくしていく。

 ってな絵図は、ダサイからやらないよ。

 社長になりたいわけじゃない。

 もっと、面白い仕事がしたいと思う。

 事業拡大路線は、ビジネスマンの本懐だろうが、こちとらあいにくビジネスマンではないので。

 銀行から資金を借りてまで「事業」をやりたいわけではない。

 クリエイティブな、「仕事」をやりたいのだな。

 生きていくのに金は必要だが、身に余る大金を夢見るのは分不相応だ。だから宝くじとか、買ったことない。

 1憶円を有効に動かせるようになる為には、徐々に動かす金を大きくしていくしかない。常にそれ位の金を、運用している段になって初めて生きた金を動かせるのだと思う。

 仕事の量を増やすと、資金は楽になって行くがモチベーションは下がる。質を上げる時間が割けないように、なってくるから。

 この問題をどうするか。

 これは、経験したことがない、新たな問題で今トライを始めている。

 仕事の質を上げるとは、どういうことか。何をすればいいのか?

 新しいフェーズです。

 サリュ

 

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2016年9月21日 (水)

料理・布の仕入れ・表現活動の基本。

 料理と、布の仕入れ旅は似ている。酷似していると言っても過言ではない。

 なぜか。

 始めたばかりは、無駄なものを仕入れてしまうこと。

 無駄なものとはやはり無駄になるもの。食材なら腐らせるまでほっぽらかし。布なら何年もしまい込んでいる。

 料理なら、近所のスーパーなんかで間に合わせられるからまだいい。

 布は、買い付けにヨーロッパの2か国を最近は旅するので、無駄は極力省きたい。

 よく、年2回もEUに行けていいな~と言われるが、一度一緒に行ってみると、多分もう一度一緒には行きたくないと思うこと請け合いだ。

 この2年程は結構な量の布を買い付けているので、足元もトレッキングシューズでガチガチに固めて、でこぼこの石畳を延々歩く。

 問屋街をひたすら布を買う為に徘徊し、値段交渉し、重い布を担いで移動する。夏は暑いし、冬は寒いし、時間を無駄にはできない。

 無駄にできない、の上位につけるのはしかし、時間ではない。

 荷物の重さだ。

 つまり、着替えは極力少なく。1週間滞在なら、下着やTシャツは3枚。靴下も。毎日ホテルで洗濯する。シャツやパンツは、へたしたら1枚きりをずっと着てる。乾燥してるから、平気だ。替えなんて、重くなるしかさばるから持って行かない。

 帰国するころは、スーツケースも手荷物も、布とボタンでぱんぱん。

 下着とかTシャツは、捨ててしまう。そういう、ボロボロのを、選んで日本から持っていく。

 旅先で所持する荷物は、ぎりぎりの最低限です。それが身についてしまった。

 これが、料理に似ている。

 例えば、ポン酢やうどんそばのだし、三杯酢とかは、ほとんど同じ調味料の組み合わせと量の違いしかない。

 だしとみりん、しょうゆ、酢があれば大抵の和食の味はこと足りる。

 料理し始めだと、ポン酢を買ったり、うどんだしというパックを買ったり、色んな酢を買ったり、いい加減冷蔵庫が、使いさしの調味料が邪魔でしょうがなくないですか。

 アジア料理になると、甜麺醤やコチュジャン、唐辛子、オイスターソース、魚醤あたりあえば何でも応用できるのに、やはりマーボー豆腐やら、キムチ鍋でも、ルーローファンでも(これは八角と五香粉が要るが)ほとんどできるのに、~の素を買ってしまう。

 基本中の基本を押さえれば、料理も旅も、どんどんスリムになっていく。

 同じことは表現活動にも言える。

 今まで、相当無駄なことをしてきた。

 最近は、無駄をギリギリまで削って、やるべきことだけをやっている。

 無駄と分かっているルーチンをやり続けるのは精神的な怠惰だと思う。

 時間もどんどん限られてくるし、40を越えると選択と集中は本当に大事だ。回り道をしている分、自覚的な仕事をしないと、「間に合わない」という感じが非常に、する。

 そして本日も夜の制作時間。

 【A-クロニクル】を描く。

 サリュ 

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2016年9月17日 (土)

絵の個展を計画します。【A-クロニクル】

 【A-クロニクル】今描いてます。

 いまだA4、10枚。遅々として進んでいません。

 理由は明らかで、脳内に入れた情報が血肉になるまで、結構かかるからです。

 内容は、明治から平成にかけての、熊本のハンセン病のこと。

 実際の個人名や組織名は出てきますが、内容はフィクションです。ダークファンタジーになります。

 どうして、この作品を描こうと思ったか。

 繰り返される、理不尽な事どもの、根幹にあるものが意識されていないこと。意識されていないから、いつまでも同じような理不尽が続く現実。

 この現実の根底にある、あえて無視され続けていることはなにか?

 それを、ダークファンタジーとして描き切る。

 需要がある訳でもなく、締め切りもありません。売りに出す絵でもない。こういうことを、本当はしてはいけないのではないかと、現代のアーティストとしては罪悪感も持ちつつ。

 しかし、描きたくて仕方ないしこれ以外の題材の絵を、描く気にもならない。

 困ったものです。

 なので、趣味、と言われても仕方ないでしょう。【A-クロニクル】は。

 自分で、散々、作品を売る為にはこうしろ!と言ってきて、自分の作品はこれだから。

 仕方ないです。どちらかと言えば、アンチアートに近いかもしれません。現代アートの文脈を全く考えていないから。

 一番近いのはシュバルの理想宮かも。

 でも、こんなことを書いていても仕方ないので、【A-クロニクル】「序」制作の期限を、一応切ります。

 2018年に、熊本県立美術館分館で、個展をします(予定)。

 まだ申し込んでもいませんが、これを一応のめどとして動きます。まだ2年も先かよ、なんて思っていると、アッという間に来るからね2018年。

 もっと面白い場所を見つけたら、場所は変わるかもしれませんが、今はここで。

 人生で、3回目位の本格的な個展です(少ないなー)。

 頑張って、描きます。

 サリュ

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2016年9月14日 (水)

マーチャンダイズという仕事。

  マーチャンダイズという言葉がありますね。

 ファッションで言うと、ファッションアイテムの売り場への、適宜投入といったところでしょうか。

 簡単そうで、意外に難しいことだとも言えそう。

 季節、トレンド、数量、その他諸々をシーズン毎に判断して、売り場へ商品を入れる。

 これ、今季のトレンドだったら1年前には読み込んどかなくてはいけない。

 大体現場にいると分かりますが、今ファッション業界の方々は来年の春夏の準備をしているはず。今年の秋冬の仕込みは、去年の秋冬に大体終わっていたでしょう。

 そう考えると、マーチャンダイズの人はバイヤーとの連携も欠かせませんね。

 バイヤーとは、新しいブランドや既存ブランドの新機軸、今から来年に続くトレンドなどを常にアンテナ張って動いている人。

 売り場以外でスカウト的に動いています。

 そして、売り場の意見。常ひごろ直接お客様に接している人に見える景色があります。

 大体この3部門で、ファッションの「売り場」は動いているのではないでしょうか。

 これに重ねて、宣伝広報、搬入担当、そういった方々がいます。

 実際の現場では、実はあんまりマーチャンダイズという仕事の人には会いませんね。主にバイヤーがこの仕事も兼務している感じ。

 何が言いたいのかと言うと、商品を売る為に、これだけの職能と人々が有機的に動いているのが百貨店。アート作品を売る人々はどうなの、何をしているの?

 もちろん、上の方に行けば季節ごとの企画計画立案、適材適所の人材投入など、仕事は多岐に渡ります。

 おそらく、海外のアートバーゼルなどでは、上記のような動きをするアートバイヤーが普通にいるのでしょうね。

 ファッションの川下の役割を、アートの川下たるアート作品を売る人々が、どれだけ意識的に行っているのか非常に疑問に思います。

 だからここ数年は、ファッションの売り場の文脈に、アート作品を入れ込んだらどうなるかという試みを行っています。

 今のところ、あまりうまく機能していないように見えますが、どこかに水が流れる道があるはず。

 めげずに、色々試していきます。

 売る為に、本当に色々試しているからね、ファッション関連は。

 こっちも、そのどこかにアート作品を、と思うわけです。

 サリュ

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2016年9月13日 (火)

アートマネジメントについて。

 最近どころではなく、結構3年前位から気になっていることがある。

 アートマネジメントという言葉と、それにともなう人々の活動について。

 一時期は、これは大変素晴らしい言葉や、動きなのではないかと思い、調べたり実行したり色々した。

 何か、違和感があるのは何故?

 答えは簡単でした。

 往々にして、マネジメントされるアーティストやそれにまつわるクリエーションの内容部分が、面白くない。

 自分が関わったアートイベントも、全く同じ反省をしている。

 この部分を、どう補っていくのか?

 という着眼点で見ると、往々にして役に立たないレクチャーが多い。多すぎる。

 この、アートマネジメントとやらに関わっている人々の肩書きも仕事も、何か圧が低い気がして興味を失っている。

 優れた表現を生む為の、的確なサポートというのが、自分がアートマネジメントという言葉に持っている第一義です。

 それとも、自分が間違っているのか。アートマネジメント自体が何か新しい価値を生む主体なのか。

 そうなれば、優れたアートはもう必要ないということか。

 アート作品が、一応人に見せてなんとかなるレベルに達するまで、普通の才能のアーティストだったら25~30年位かかると思っている。

 その間の、どうにもならないが踏みとどまっているアーティストの活動をサポートするのが、アートマネジメントの根幹と思っていたが、どうやら間違いのようで。

 特に地域とアートという、最近話題の括りが導入されると、地域の人々が入ってくるので話は倍ややこしくなる。

 最近は、アートマネジメントをする人々の方が、うまく立ち回っているように見えて、鼻白んでいる。

 何の為にマネジメントするのかより、アートをマネジメントすれば諸問題の解決に近づきますよというお題目の方が、先にきているでしょう。

 アートはなにも解決なんてしやしない。

 そこんとこをあやふやにして、あたかも地域にとって不利な材料を、リデザインできるツールとしてのアートみたいな切り口が胡散臭すぎる。

 ウソだろ、それ。

 地域にとって不利な材料に触れて、化学反応が起こって凄い作品ができるかも!というアーティストをサポートするのが、アートマネジメントの根幹と違うの?もちろん、地域の人々とバランスを取りながら。

 頭の回転の速い人の、口車に乗っているような違和感は、アートマネジメント系の人の手口の上手さにあるんだろうな。

 非常に勝手な個人的な意見なんで、どうでもいい意見なんですけどね。

 最近、あんまりに語りが上手い人の話は信用しない。プレゼンが上手すぎる人とか。

 理由はまぁ。。。もう芸になっている気がして。。。

 何の話だったかと言うと、アーティストは食えないが、アートマネジメント系は食える可能性があるよ。ということ。

 簡単な話でマネジメントとは、アートを活用して経済が回っていく、自分だけのシステムを構築すればいいんだよ。

 アーティストは、自分の道を信じて、精進するしかない。

 賛同してもらえないだろうが、ほぼ真実を突いてると思うよ。。。

 アートで食いたかったら、アートマネジメント側に行こう!

 間違ってもアーティストなんて目指さないようにな!

 サリュ

 

 

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2016年9月10日 (土)

昔は熊本の上通り奥に「現場」というクラブがあってだな。。。

今日、N.W.Aのドキュメント的な映画を借りました。まだ見ていないが、アイス・キューブの息子が父の役をやっているそうで、何か感無量な感じ。

 アイスキューブというラッパーの存在を知ったのは、1993年ごろだったと記憶する。

 昔、上通りの上の裏通りが形成される前に、ぼろいビルの2階にあった「現場」という、熊本らしいというか「ドープ」としか呼べないクラブで、色々知った。

 まだ18歳だったな。もう、飲み狂っていて、音楽と酒の日々が始まっていた。

 そこでは、平日の夜な夜な、DJの練習と称したローテクなヒップホップが流れていた。

 リズムボックスのビートに合わせながら、ターンテーブルでフレーズを直接流す、スクラッチを入れる、曲を繋ぐという、今ならPCで簡単にできることを、レコードを使って一晩やっていく。

 特に、ラッパーズディライトを、リズムボックスとレコード使いで再現している練習場にいた時には、何か始まるんじゃないか?と本気で思っていた。酔った頭で。

 そのときによく聞いていたのが、N.W.A、その流れでアイスキューブ、アイスT、ウータンクラン、下って2パックやスヌープなんてギャングスタに行くころには、何も始まらないことに気付いたけど。

 1993年当時、ロックはグランジで重くてうなるようなグルーヴで、何かが始まったというより、何かが終わったような倦怠感が先にあった。まだ若かったのに、流行りの音楽が何かの終わりを告げていた。

 そんなときに出会ったのが、初期のオールドスクールのヒップホップだった。爆発寸前のエネルギーに満ち溢れていた!全部ぶっ壊す、全部ぶっ潰す!攻撃あるのみ!という初期衝動がゴリっとアメリカのシーンからひしひしと感じられたが、実際のシーンは多分ニュースクールに移り変わっていたころと思う。

 トライブ ア コールド クエストが出始めたりすると、クラブのフロアからは熱量みたいなものは下がって、クールさが前面に出てきた。

 何かまだ、そういのにはなじめなくて。十代後半で、弾けるような音楽をまだ求めていたから。

 今日借りたN.W.Aの映画は、そういう気持ちを思い出すだろうか?

 時は流れて、今聞く音楽はほとんどクラシックになってしまった。。。

 人は、こうも聞く音楽が変わるものだろうか。

 自分でも驚いている。

 サリュ

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2016年9月 8日 (木)

【モヒカンポシェット】熊本プレミア、やっと開催できます。

 モヒカンポシェットはこれまで、アートとモードの企画展として福岡と大阪で、主に展示販売してきました。

 ここ数年は、その合間に色々なイベント諸々が入ったり、単純に作品の制作数を増やしたりと、熊本本店での企画展が開催困難になってきていました。

 このままではいけない!

 熊本市中央区新町の、築110年の町屋が店舗兼アトリエ兼、ギャラリーです。この条件を生かすことと、熊本プレミアと銘打って開催することで、熊本のアドバンテージを生かさなければ。

 最近は、福岡、大阪、東京、台湾など、実に様々な方々にお越し頂いております。通常は完全予約制ですが、運がよければ店内を案内することもあります。

 このような状況の中、今回の熊本プレミアから、企画展開催の一番最初に展示を行うようにします。

 今回は、色々間に合っていないのと、企画展自体が若干変則なので、アートの企画はありません。モヒカンポシェットの作品が、勢ぞろいするという「プレミア」となります。

 作品は完全に1点ものの為、都市の巡回が進む毎に、作品数が減るということになります。しかし逆に、巡回中にも新作を制作する為、最初の巡回都市には出なかった新作が、後半の都市ではお目見えします。

 熊本プレミアは、秋冬新作が全て揃った状態での展示販売です。

 なかなかこれも、実は諸条件が厳しいので、2日間のみの開催となります。

 モヒカンポシェット

 熊本プレミア

 2016.10.1~2

 OPEN 13:00~18:00

 となります。

 徐々に、根付いていけばいいなと、思っています。

 もしかしたら、熊本県外のお客様もいらっしゃるかもですが、今のところあまり大々的には行う予定はありません。気付かれてモヒカンポシェットにご興味がある方は、お気軽にどうぞ~。

 熊本店がOPEN状態なのは、年に4~5日という、実にプレミアムな企画になります。

 サリュ

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2016年9月 7日 (水)

過適応は、適応の敵。

 今、大日本帝国陸海軍の、失敗の本質という本を読んでいまして。

 大分後半の、全体の分析に面白い論がありました。

 過適応は適応の敵。

 どういことか。

 あまりに環境に適応してしまうと、環境の変化についていけず、逆に適応できない。

 ということ。

 日本海軍の場合、秋山真之がバルチック艦隊を撃滅したことから抜け切れず、艦隊VS艦隊の決戦論に過適応した結果、アメリカの新機軸の戦略に徹底的にやられたという結果。

 陸軍の成功体験は、日露戦争の二○三高地奪還が、白兵戦主体だったことから、陸戦の機械化が全く進まなかったこと。沖縄戦においてまで、白兵戦の精神論が主体。戦力の機械化を推し進めたアメリカとは、真逆の発想。

 過去の成功体験にしがみつくことの危うさ。それと、自分たちで決めた環境に異常なまでに特化した戦略・戦術を主体に戦況を推し進めていく状況分析の無さ。

 情報と兵站の軽視。

 新しく学ぶことと、状況を常に読み解き、新しい理論と戦術を生みだしていくこと。

 一番重要なのは、古くなった理論を捨てること。

 ここ、一番弱いよな。今でも日本人は。

 状況が変われば、潮目も変わる。

 ここで重要なのは、変わった潮目に対する自分なりの理論を構築し、現実世界に対してアプローチしながら方向修正していくこと。

 こういったことを、システムとしてまとめる能力が、今の日本も極めて低いのでは。

 重要な事項が、政治家や官僚の人間関係で、決められてはいないか。

 面目がだの、立場だの、慮るだの、そういう「空気」で、流れていないか?大事な決定が。

 ここから、アートの話に接ぎ穂しようと思ったのだが、ドメスティックなアート関連はほとんど「空気」に過適応した若手から、世に出て行っているようだから、説明するまでもないかも。

 アート業界を立回ることがうまい作家が、早い段階で評価を得やすいようです。

 それって、過適応だと思うので、注意が必要かもしれない。

 常に、ふり幅を持って動いた方がいいと思う。

 いらん世話だが。

 サリュ

 

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2016年9月 4日 (日)

最近アートのことを、ほとんど考えない。

最近、アートのことをほとんど考えません。

 熊本で、モヒカンポシェットの企画展の準備に入ると、特にどうでもよくなります。

 思えば、最初からどうでもいいことなのだった。

 自分が好きなように活動できれば、あとのことなどは生きる為に必要な、手続きに過ぎない。

 絵を発表して、状況が変わればいいとか思ってやみくもに活動してきた。

 何か変わったのか。変わらないのか。

 少なくとも、何か変わったような気は全然しない。むしろ、前より状況は悪くなっているようだ。

 熊本のアートを取り巻く状況になど、実は何の興味ももはやない。よく考えれば、ずっとなかったような気もする。だから、色々やれたのかも。

 状況が気になれば、状況に合わせて動くようになるだろう。そういう、状況に左右される活動は息苦しい。

 今はただ、好きなように好きな絵を描く時間を、確保した。

 数がたまれば個展をすることにもなるだろう。

 しかし、個展をしたからと言って、自分を取り巻く状況がどうにもなりはしない。

 どうにかなることを、もはや望んでもいない。

 ここまできてしまうと、後は描くか描かないのか。

 やるのか、やらないのか。

 努力の先に結果がついてくるだの、プロセスが重要だの、努力したからと言って結果がついてくるとは限らないだの、そういうこと考える思考プロセスはもはや意味がない。

 やるのか、やらないのか。

 努力も結果も、プロセスも関係ない。

 やるのか、やらないのか。

 どっちを選んでも、自分次第。

 かと言って、他者への回路が閉じているのでもありません。

 悩んでも無駄なことが、色々見えてきただけで。

 今描いている作品が、そういう諸々を要求してきます。

 頭をクリアにしないと、絵が進みません。

 ルーチンのように、同じ絵やモチーフを工芸品みたいに磨き上げていく、地方的芸術のありかたとは全く違うから自分でもどうすればいいのか、皆目見当もつきません。

 どこに出しても見事に枠外になってしまう。

 でも、何かすごく何か(誰か)から急かされるような、そわそわした気持ちになるから新作を描き続けます。

 【A-クロニクル】一歩ずつしか進みませんよ。。。

 サリュ

 

 

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2016年9月 3日 (土)

熊本の中心市街地で、ほとんど車いすの方を見かけないのは?

 いつも思いますが、熊本新市街・下通り・上通り、ほとんど車いす姿の方をみかけません。

 理由はいくつか思い当たります。

 アーケード内はまぁ、ほとんどバリアフリーで段差はありませんが、一部の大きい商業施設以外の店はほとんど入るのは難しい。

 横道に入っていく気にならない障害物の多さ。

 無料の多目的トイレがほとんどない。あっても、よう行かん端っこの公園で、観光者には分からない。

 でかい箱モノ建築を作る前に、身体が不自由な方々への配慮をした街に、作り直してはどうか。

 ゆくゆくは、自分も体が不自由になるかも知れない。

 その前に、今不自由な方々にも熊本の魅力を発信したい。したいが、中心市街地が持つバリアフリーのポテンシャルが低すぎて、お話しになりません。

 アートとか、文化とか、食とかでテーマを進めるのと同時に、本当の意味で誰もが過ごしやすい街中になればなぁと、ここ数日ため息をついています。

 個人的な理由で、熊本を車いす利用でどれだけ観光できるだろうとリサーチしたら、ほとんど対応できていないんだなという現実に呆然。

 これでは、街中で車いすの方や観光客をみかけないよなーと納得。

 でかいMICEでドカンと稼ぐ論法より、本気でバリアフリーに取り組んでいる歴史ある城下町とかの方が、魅力ありますけどね。

 色んな対応は細かくなっていくと思いますが、そういうのは日本人は得意なはず。

 体が不自由でも、観光は不自由しない観光都市熊本。

 こっちの方が素敵でしょ。

 都市計画ででかいこと企画するより、よほど未来がある方向だと思います。

 誰にでも、何がしかできることだし。

 市民が計画や、実施段階に、意見も参加もできないような行政主導のでかい計画で失敗したら、誰が責任を取るのかな。

 産業文化会館を一体何年間、塩漬けにした?

 ポテンシャルがある場所を、運営する能力があるのはどこの組織?

 そんなことより、熊本中心市街地超バリアフリー計画!

 どなたでも、どこにでも行ける歴史地区!

 そんなに難しいかな、お金かかるかな。

 サリュ

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2016年9月 2日 (金)

経済産業省は1日、原発の使用済み核燃料から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分に関する有識者会合を開いた。有識者の名は?

 今週は3日間程、鹿児島市に行ってきました。

 色々思うところありまして、鹿児島で一人家飲みをやめようと思ったのでした。

 それと、絵にも本格的に取り組まないと、余生があと半分と考えると(長生き戦略)、40代が勝負だよなと。

 最近、じっくり考える時間がなかなか取れなくて、やはり3日間くらいは自分を振り返る時間が必要ですね。半年に一度くらいは。

 昨日、神戸新聞の記事

 経済産業省は1日、原発の使用済み核燃料から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分に関する有識者会合を開いた。処分地として適性がある「科学的有望地」の選定基準は、地質など自然科学や技術的な観点だけで決め、人口密度などの社会的な要件を反映させない方針が大筋で了承された。

 政府は会合を踏まえ、調査候補地として適性の高さごとに3色に塗り分けた日本地図を作り、12月に有望地を提示する。

 国民には地震や火山など自然災害への不安が根強いため、処分場建設で安全上問題のある地域を除外するために設ける自然科学と技術の基準を重視。

 とありました。以上コピペ。

 人口密度は関係ないらしいですよ。

 どうなっているのか。

 とにかく、これを読んだ人は、全国のどこに処分場が企画されるのか、注意しておいてください。一度できたものより、建設反対の方がまだ希望が持てる。

 川内市も通ってきましたが、鹿児島の他の市とは、明らかにお金のかかり方が違いました。

 まぁ、いつでもなんでもそういう理由です。経済です。

 この有識者会議、一体だれが有識者で、どの官僚が了承決済したのか、非常に気になりますね。歴史に汚点を残す名だと思いますが、記事には書かれていない。

 サリュ

 

 

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一人家飲みを、やめようかと。

 だいたい、この時間位に少し時間が持てます。

 で、いつも飲んでいたわけですが。

 そういう酒の飲み方をやめようと思います。完全禁酒ではないですが、一人で飲む酒で大事な何かを薄めているというような気になりまして。

 酒は毎晩飲んできましたし、健康に害が出たわけでもありません。

 ひとまず、一人家飲みをやめるかと。

 ここに書いてしまって、さっさと公言してしまえば出来るのではないか?

 たばこもやめたし。

 健康に気を使っているのではなくて。

 自分の中の「狂気」の圧を高めようと思い。

 自分の「狂気」とは、創作活動やそれに付随するものに必要なもの。若いときは酒はむしろ、「狂気」を助長していた。

 しかし歳をとると、何となく一人酒に流れて日常の中の自分の「狂気」を、薄めていることに気付きました。

 これはいけない。

 生活がある程度落ち着いてくると、余計よくない。安全な方へ、行こうとしてしまうし、自分で作った精神的習慣に準じてしまう。

 そういうわけで、一先ず一人家飲みをやめようと思います。

 今も、飲まずに書いています。

 今後は、ブログを書くか、【A-クロニクル】を描くかの時間に割り振っていきます。【A-クロニクル】の個展も開いてみたいし。

 サリュ

 

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