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2016年9月10日 (土)

昔は熊本の上通り奥に「現場」というクラブがあってだな。。。

今日、N.W.Aのドキュメント的な映画を借りました。まだ見ていないが、アイス・キューブの息子が父の役をやっているそうで、何か感無量な感じ。

 アイスキューブというラッパーの存在を知ったのは、1993年ごろだったと記憶する。

 昔、上通りの上の裏通りが形成される前に、ぼろいビルの2階にあった「現場」という、熊本らしいというか「ドープ」としか呼べないクラブで、色々知った。

 まだ18歳だったな。もう、飲み狂っていて、音楽と酒の日々が始まっていた。

 そこでは、平日の夜な夜な、DJの練習と称したローテクなヒップホップが流れていた。

 リズムボックスのビートに合わせながら、ターンテーブルでフレーズを直接流す、スクラッチを入れる、曲を繋ぐという、今ならPCで簡単にできることを、レコードを使って一晩やっていく。

 特に、ラッパーズディライトを、リズムボックスとレコード使いで再現している練習場にいた時には、何か始まるんじゃないか?と本気で思っていた。酔った頭で。

 そのときによく聞いていたのが、N.W.A、その流れでアイスキューブ、アイスT、ウータンクラン、下って2パックやスヌープなんてギャングスタに行くころには、何も始まらないことに気付いたけど。

 1993年当時、ロックはグランジで重くてうなるようなグルーヴで、何かが始まったというより、何かが終わったような倦怠感が先にあった。まだ若かったのに、流行りの音楽が何かの終わりを告げていた。

 そんなときに出会ったのが、初期のオールドスクールのヒップホップだった。爆発寸前のエネルギーに満ち溢れていた!全部ぶっ壊す、全部ぶっ潰す!攻撃あるのみ!という初期衝動がゴリっとアメリカのシーンからひしひしと感じられたが、実際のシーンは多分ニュースクールに移り変わっていたころと思う。

 トライブ ア コールド クエストが出始めたりすると、クラブのフロアからは熱量みたいなものは下がって、クールさが前面に出てきた。

 何かまだ、そういのにはなじめなくて。十代後半で、弾けるような音楽をまだ求めていたから。

 今日借りたN.W.Aの映画は、そういう気持ちを思い出すだろうか?

 時は流れて、今聞く音楽はほとんどクラシックになってしまった。。。

 人は、こうも聞く音楽が変わるものだろうか。

 自分でも驚いている。

 サリュ

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