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2016年9月13日 (火)

アートマネジメントについて。

 最近どころではなく、結構3年前位から気になっていることがある。

 アートマネジメントという言葉と、それにともなう人々の活動について。

 一時期は、これは大変素晴らしい言葉や、動きなのではないかと思い、調べたり実行したり色々した。

 何か、違和感があるのは何故?

 答えは簡単でした。

 往々にして、マネジメントされるアーティストやそれにまつわるクリエーションの内容部分が、面白くない。

 自分が関わったアートイベントも、全く同じ反省をしている。

 この部分を、どう補っていくのか?

 という着眼点で見ると、往々にして役に立たないレクチャーが多い。多すぎる。

 この、アートマネジメントとやらに関わっている人々の肩書きも仕事も、何か圧が低い気がして興味を失っている。

 優れた表現を生む為の、的確なサポートというのが、自分がアートマネジメントという言葉に持っている第一義です。

 それとも、自分が間違っているのか。アートマネジメント自体が何か新しい価値を生む主体なのか。

 そうなれば、優れたアートはもう必要ないということか。

 アート作品が、一応人に見せてなんとかなるレベルに達するまで、普通の才能のアーティストだったら25~30年位かかると思っている。

 その間の、どうにもならないが踏みとどまっているアーティストの活動をサポートするのが、アートマネジメントの根幹と思っていたが、どうやら間違いのようで。

 特に地域とアートという、最近話題の括りが導入されると、地域の人々が入ってくるので話は倍ややこしくなる。

 最近は、アートマネジメントをする人々の方が、うまく立ち回っているように見えて、鼻白んでいる。

 何の為にマネジメントするのかより、アートをマネジメントすれば諸問題の解決に近づきますよというお題目の方が、先にきているでしょう。

 アートはなにも解決なんてしやしない。

 そこんとこをあやふやにして、あたかも地域にとって不利な材料を、リデザインできるツールとしてのアートみたいな切り口が胡散臭すぎる。

 ウソだろ、それ。

 地域にとって不利な材料に触れて、化学反応が起こって凄い作品ができるかも!というアーティストをサポートするのが、アートマネジメントの根幹と違うの?もちろん、地域の人々とバランスを取りながら。

 頭の回転の速い人の、口車に乗っているような違和感は、アートマネジメント系の人の手口の上手さにあるんだろうな。

 非常に勝手な個人的な意見なんで、どうでもいい意見なんですけどね。

 最近、あんまりに語りが上手い人の話は信用しない。プレゼンが上手すぎる人とか。

 理由はまぁ。。。もう芸になっている気がして。。。

 何の話だったかと言うと、アーティストは食えないが、アートマネジメント系は食える可能性があるよ。ということ。

 簡単な話でマネジメントとは、アートを活用して経済が回っていく、自分だけのシステムを構築すればいいんだよ。

 アーティストは、自分の道を信じて、精進するしかない。

 賛同してもらえないだろうが、ほぼ真実を突いてると思うよ。。。

 アートで食いたかったら、アートマネジメント側に行こう!

 間違ってもアーティストなんて目指さないようにな!

 サリュ

 

 

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