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2016年9月 4日 (日)

最近アートのことを、ほとんど考えない。

最近、アートのことをほとんど考えません。

 熊本で、モヒカンポシェットの企画展の準備に入ると、特にどうでもよくなります。

 思えば、最初からどうでもいいことなのだった。

 自分が好きなように活動できれば、あとのことなどは生きる為に必要な、手続きに過ぎない。

 絵を発表して、状況が変わればいいとか思ってやみくもに活動してきた。

 何か変わったのか。変わらないのか。

 少なくとも、何か変わったような気は全然しない。むしろ、前より状況は悪くなっているようだ。

 熊本のアートを取り巻く状況になど、実は何の興味ももはやない。よく考えれば、ずっとなかったような気もする。だから、色々やれたのかも。

 状況が気になれば、状況に合わせて動くようになるだろう。そういう、状況に左右される活動は息苦しい。

 今はただ、好きなように好きな絵を描く時間を、確保した。

 数がたまれば個展をすることにもなるだろう。

 しかし、個展をしたからと言って、自分を取り巻く状況がどうにもなりはしない。

 どうにかなることを、もはや望んでもいない。

 ここまできてしまうと、後は描くか描かないのか。

 やるのか、やらないのか。

 努力の先に結果がついてくるだの、プロセスが重要だの、努力したからと言って結果がついてくるとは限らないだの、そういうこと考える思考プロセスはもはや意味がない。

 やるのか、やらないのか。

 努力も結果も、プロセスも関係ない。

 やるのか、やらないのか。

 どっちを選んでも、自分次第。

 かと言って、他者への回路が閉じているのでもありません。

 悩んでも無駄なことが、色々見えてきただけで。

 今描いている作品が、そういう諸々を要求してきます。

 頭をクリアにしないと、絵が進みません。

 ルーチンのように、同じ絵やモチーフを工芸品みたいに磨き上げていく、地方的芸術のありかたとは全く違うから自分でもどうすればいいのか、皆目見当もつきません。

 どこに出しても見事に枠外になってしまう。

 でも、何かすごく何か(誰か)から急かされるような、そわそわした気持ちになるから新作を描き続けます。

 【A-クロニクル】一歩ずつしか進みませんよ。。。

 サリュ

 

 

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