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2019年2月

2019年2月24日 (日)

バブルラップ展in熊本市現代美術館へ。この問いに乗るのか、乗らないのか?それがまた問題だ。

 バブルラップ 「もの派」が~以下略

 を拝見して参りました。
 村上隆氏キュレーション。
 
 受けた感じから言うと、非常に心地いい空間でした。
 理由としては、展示後半の、用の美を垣間見るような展示があったからです。
 
 垣間見るというのは、用の美というのは日常生活で、嘗めるように使ってみて味わってみて初めて分かることなので、目で見ただけでは器の真価は分からないから、ということです。
 
 心地いい空間と思えたのは、置いてある器の大半が、素朴で姿がしっかりとして、日常使いしてみたいと思う陶器ばかりだったからです。
 
 きっと和食に映えると思うんですよね。
 
 酒器も、ハレの日用じゃなく、日常使いで手のひらにしっくりきそうなものばかりで。
 
 我が家の器は、南阿蘇のやうやう窯の一択なのですが、村田森氏の器は、本気で欲しかったです。
 
 陶芸の作家物というのは、本当に安かったりします。
 
 しかし、賞を取ったとか外部的価値が高まっても、実用物な限り使ってみたいと思わないと、購入にまでは至らないのが陶器です。
 
 それで、飯茶碗で3~4千円で買えるのが買い手にとってはいいことです。
 
 売り手にとっては、手間を考えると、全然間尺に合わない価格になります。
 
 意外にもというか、村上隆氏の器の趣味が、簡素かつ素朴な風味ものが多いということ。
 
 入口の空山基氏との作品とは、「イメージ」だけはかけ離れていますよね。
 
 入口からの手仕事による現代アートの作品の共通項は、とにかく手仕事に誠実であろうとする、この一語に尽きるのではないでしょうか。
 
 先日のディオール・オムの空山氏の作品の、膨大な手間のかけ方よ。。。
 
 フランス的な、センス一発で仕上げました!みたいな作品は皆無。びっくりする位、ない。
 
 最初に書いた、心地いいい空間である理由の一つに、この、手仕事の豆さを愛でる日本人の性質、みたいなものがあると思います。
 
 もしかしたら、日本人以外の人が見たら、息苦しいかもしれませんね。
 
 チョイスされた作品以外にも、キュレーションにも、息苦しいほどの豆さと緻密さで空間が構成されています。
 
 日本の廃墟空間を、ホワイトキューブで組む、というのは結構端正な仕事ですよ。
 
 パリのパレ・ド・トーキョーで見た杉本博司氏の廃墟空間の、西欧感あふれる感じとはまた真逆な感じでした。
 
 この展示全体を支えるのは、この端正さと緻密さです。
 
 あと、表現に対するストイックさ。
 
 パリでたまに見る東南アジア系の作家の、ぶちまけてしまいました!みたいなのとは違いますね。
 
 あ、でも去年の12月にタイで見た、バンコクビエンナーレはは非常に端正な佇まいでしたけど、荒々しい勢いは無くなってきつつありましたね。成熟方向とでも言うのでしょうか。
 
 キュレーションの方向性としては、こういう感じでしょうか。
 
 そしてここからが、本題の「もの派」があって~以下略、への鑑賞者からの答え合わせというところでしょうか。
 
 こういう知的ゲームこそが、現代アートの真骨頂なんでしょうね。
 
 そういう分かりやすい設問というか、投げかけになっています。
 
 だから、バブルラップは、このゲームに好んで参加するか?しないか?という踏み絵になっている気がします。
 
 面白いですね、展示会自体が設問になっています。村上氏が買いそろえられたコレクションのキュレーションによって。。。
 
 さて、前出の、設問への答え合わせなんですが今日は一先ずここで筆を置きますよ。久しぶりに長文を書いたので、勘が戻っていません。
 
 さて、この展示に乗るか乗らないか?
 
 という問いは既に、熊本市現代美術館学芸員、坂本顕子氏により提案されております。
 
 乗った方が楽しいと思うのですが、ちょっと時間掛かりそうなので何某かご意見求められたらまた、続きを書こうかと思いますー
 
 サリュ

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