旅行・地域

2016年9月 3日 (土)

熊本の中心市街地で、ほとんど車いすの方を見かけないのは?

 いつも思いますが、熊本新市街・下通り・上通り、ほとんど車いす姿の方をみかけません。

 理由はいくつか思い当たります。

 アーケード内はまぁ、ほとんどバリアフリーで段差はありませんが、一部の大きい商業施設以外の店はほとんど入るのは難しい。

 横道に入っていく気にならない障害物の多さ。

 無料の多目的トイレがほとんどない。あっても、よう行かん端っこの公園で、観光者には分からない。

 でかい箱モノ建築を作る前に、身体が不自由な方々への配慮をした街に、作り直してはどうか。

 ゆくゆくは、自分も体が不自由になるかも知れない。

 その前に、今不自由な方々にも熊本の魅力を発信したい。したいが、中心市街地が持つバリアフリーのポテンシャルが低すぎて、お話しになりません。

 アートとか、文化とか、食とかでテーマを進めるのと同時に、本当の意味で誰もが過ごしやすい街中になればなぁと、ここ数日ため息をついています。

 個人的な理由で、熊本を車いす利用でどれだけ観光できるだろうとリサーチしたら、ほとんど対応できていないんだなという現実に呆然。

 これでは、街中で車いすの方や観光客をみかけないよなーと納得。

 でかいMICEでドカンと稼ぐ論法より、本気でバリアフリーに取り組んでいる歴史ある城下町とかの方が、魅力ありますけどね。

 色んな対応は細かくなっていくと思いますが、そういうのは日本人は得意なはず。

 体が不自由でも、観光は不自由しない観光都市熊本。

 こっちの方が素敵でしょ。

 都市計画ででかいこと企画するより、よほど未来がある方向だと思います。

 誰にでも、何がしかできることだし。

 市民が計画や、実施段階に、意見も参加もできないような行政主導のでかい計画で失敗したら、誰が責任を取るのかな。

 産業文化会館を一体何年間、塩漬けにした?

 ポテンシャルがある場所を、運営する能力があるのはどこの組織?

 そんなことより、熊本中心市街地超バリアフリー計画!

 どなたでも、どこにでも行ける歴史地区!

 そんなに難しいかな、お金かかるかな。

 サリュ

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2016年7月12日 (火)

パリ・ロンドン仕入れ紀行②

 ウェリングボロー駅の前には何もありませんでした。雑木林のような。右は行き止まりなので、自然、左の道へ。

 坂道を上って行くと、郵便局の前にバス停があり、ここからウラストンへバスで移動します。一時間に一本という、辺鄙な場所が目的地。

 とりあえず運転手に、ウラストンで止まって下さいというお願いをして席へ。車窓から見えるのは、牧場。本当に何もない。

 暫く行くと、住宅街みたいなところを通りますがそこでDrマーチンの看板を発見!!こんなとこにあるの?!

 念願のファクトリーショップは、アウトレットが山のように置かれています!

 サイズ毎に区分けされていて、何があるかは運しだいといったところ。今回自分は、メイドイン イングランドのものと、一昨年の限定品だった逸品を手に入れました!何と、ウイリアム・ホガースの放蕩一代記をモチーフにした一足!

 この絵画、テートブリテンで実際に見てきました!!

 さて、価格ですが激安!とだけ書いておきます。信じられん値段です。

 帰りは降りたバス停まで歩いていたら、一時間に一本のバスが通り過ぎて行くではないですか!これを逃すと1時間待ちです。しかし、バスは無情にも通り過ぎて行きました。

 仕方なく、本当に何もないバス停で立ち尽くしていると、目の前に一台の車が止まりました。助手席から「もしかして、ウェリングボロー駅に行くの?」という女性が。

 「YES!」

 「ちょうど、同じ方向に行くから乗ってきなよ」

 「YES!!!」

 ということで、現地の方に駅まで送って頂きました!これが旅だな~!

 後部のドアを開けると、足元にはDrマーチンの靴があるではないですか!

 「Drマーチンの買い物袋を持っているから、ウェリングボロー駅に行くのかと思って声をかけたの!」

 というおそらく40代後半のご夫妻は、地元でパティシエの仕事だそう。

 「イギリスは初めて?」

 という質問に、そうです、来て早々ここにきてマーチンの靴を買いましたというと、

 「好きものだなー!!!」

 という、とても嬉しそうな反応。

 ウラストン周辺は、一流の靴メーカーの工場が沢山あって、ファクトリーショップも沢山あるそうです。

 日本でのマーチンの価格を教えると、「クレイジー!」言ってましたよ。参考までに。

 駅で降ろしてもらって、手を振って別れました。名前も何もお互いわかんないまま、マーチン愛が繋いだ、ちょっとした出会いだったけど、イギリス来て2日目でまだここしか来てないけど、【イギリス絶対また来る!!】と思いました。

 こういうの、パリでは絶対ないので。

 金輪際、他人を信用するとかない場所だから。

 そしてロンドンに舞い戻り、百貨店巡りをします。ハロッズ、リバティー、ジョン・ルイス。

 一流の百貨店とはどういう場所か。

 これまた、パリのボンマルシェや、ギャラリー・ラファイエットとはまるで違う、独自の存在感があって凄いです。

 その辺は次回に。

 サリュ

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2015年12月24日 (木)

台湾、雑感。

 台湾に5日間行ってきました。

 主に旅行だったのですが、最終的には布地を発見したり、美術館に行きました。

 今年の台湾の12月は、ほぼ夏でした。天候にもほぼ恵まれた結果、だいたいTシャツで過ごすことに。

 それにも関わらず、台湾の方はダウンジャケットとか来ています。南国の冬という感じ。北の国からきた外国人には暑過ぎる冬です。

 冬なのに、電車、バス、建物の中は冷房が効いています。皆冬服なのになー。

 先ずは、台湾で大好きになった食べ物に、再見!

 初日は、桃園国際飛行場から台北のホテルに荷物を預けて、九扮に移動。台鉄道で切符の買い方が分からず、あーだこーだしていたら、日本語が分かる人が二人やってきて、切符の買い方から改札まで案内してくれました。

 ホスピタリティー高けー!!!これ、今回だけかと思いきや、道で地図広げていたら必ずだれか話しかけてきます。バスでも鉄道でも、ウロウロしてたら誰かが必ず!

 僥倖街夜市の有名な麺線屋に入ったら、隣のお姉さんが「油飯も絶品」と教えてくれる!

 パリメインに、スペイン、イタリア、オランダ、アメリカ、中国に行った経験からすると、涙が出る位親切な人々です、本当、何回も行きたくなるよ!

 で、初日は九扮から基隆にバスで移動。港町を堪能しました。基隆から台鉄で台北へ。

 横移動が、こんなに楽な国、自国以外ありえないよ。

 2日目は、台北内を探索。

 先ずは、 迪化街(ディーホアジェ)を。ここは漢方系の問屋街でもあり、肉もあり、何より永楽市場という布の問屋街でもあります。

 今回のジェットセッターでは、全体は見切れませんでしたが、丸1日はかかる規模。そんな中でも台湾綿の良さが際立っていて、少ないですが一部仕入れてきました。

 阪急うめだ本店のSOUQ祭りに、初登場する予定です。他にも、レースやリボンが結構面白く、今後パリに続き台湾でも仕入れることになりそうです。まだまだ探索を続ける余地があります。

 台湾といったら、果物のフレッシュジュースが外せないので、おりおりでタピオカ入りを試しつつ移動します。

 龍山寺付近の、胡椒餅の有名店に行ってみる。何も知りませんが、この辺りはどうやらホームレスのたまり場になっているのと、商店街の夕方をつぶさに見ていると、街娼が暗闇に佇んでいます。

 メインは胡椒餅だったので(絶品でした!だいたい1時間待ち)、ディープさの深度は分かりませんでしたが、初心者お断りの空気感がある一帯です。何故かそういう空気に、どこの国に行っても敏感です。

 3日目は、朝から阜杭豆漿(フーハートウジャン)に朝ごはん。前回もきましたが、鹹豆漿(シェントウジャン)が旨い!!

 朝も6時には並ばないと、1時間以上は並びます。それを押してでも旨い!

 食べ物ばっかりですが、その日は夕方、圓山駅近くの薬膳のお店に行ったのですが、日曜休みという痛恨のミス。近くの神農市場という、オーガニックのショッピングモールで、一先ず臭豆腐と麻辣臭豆腐を食べました。

 この臭豆腐、紹介記事、そんなに臭いかと言われれば、多分納豆やチーズの方がきついと思うんですが、最初は超ビビリました。本当に臭いんだもの。でも、一回食べれば大丈夫。と言うより、美味!!!

 さらに臭臭鍋、という店をいたるところに発見!ここの鍋が、本当に旨い!台北は至るところに臭豆腐の匂いがしているので、苦手な人はそこがネックかもしれません。

 4日目は、深抗、豆腐の町。本当に美味しかった豆腐料理の数々。ここでも臭豆腐の匂いが町に横溢しています。もう、旨そうとしか思えないです。

 さらに、台北市立動物園。初パンダを見ました。

 色々書いてきて、こっから台北市立美術館に行ったり、諸々の雑感を書こうと思っていたのですが、ちょっと疲れてきた"(-""-)"

 台湾が、というより、他の国に行くと感じるいつもの感覚。その国に生きて、死んでいく人たちの文化が何より愛おしいです。

 自分を含め、自国の文化に誇りを持ち、どんな歴史であろうと受け入れる。そして、自分には何ができるんだろうと考える。

 歳はいくつになっても、いつも同じことを考えています。

 今回の台湾も、いくつもの示唆に満ちた旅でした。

 年明けは、パリ。

 サリュ

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2015年9月12日 (土)

台湾に行って思ったこと。

 初めて台湾に行きました

 観光客にとっては、素晴らしい国です。

 ホスピタリティは、かなり高い。

 ただ、台湾の歴史をあまりにも知らずに行ったから、要所でとまどいました。

 ガイドの張さんが言うには、400年前にオランダが植民地にする前には、台湾には文字がなかったから、歴史がよく分かっていないということ。

 大東和戦争戦前、戦時は日本の植民地ですね。つまり、日本だったから、甲子園に出場したんです。台湾代表が。

 正直、植民地政策としてはおかしい。

 八田興一 を知ったのも、今回の旅が初めてでした。

 植民地の意味を、よく分かっていなかった当時の政府が、よくもわるくも今の日本に通じているよな。

 ちなみに映画KANO はこちらです。

 日本と台湾の関係を知らなかった。いや。

 知ってたけど、深くは知らない。

 食べ物はは、信じられないくらいおいしいよ!

 日本の外食関連が、本当に、ごみに思えるくらいに、化学調味を使っていないからね。

 医食同源。

 これが台湾の本質だと思います。

 あとは、彫刻が、本当に凄い。技術的に。 

 残念なのは、今や彫刻に伝統的な超絶技術を欲していないということ。

 現代アートも同じ問題を、内包しているよね。

 サリュ

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2015年7月 9日 (木)

バルセロナ、パリの旅を終えて。

  今回、初バルセロナに行ってきました。

 何度も書いているかもしれませんが、作品は生で見ないと全く意味ないということを痛感した旅でした。

 バルセロナといえば、アントニ・ガウディの建築です。

 写真やガイド、歴史本を予習して本物に挑んだのですが、初っ端のグエル邸でノックアウトです。

 嵐の予感。

 パリのアールヌーボーとはまた、全く違う、命が迸る建築。そう、石の建物なのに血が通っているように感じます。うん?血じゃないな…生命力というか、命の根源のエキスというか。

 ガウディは建築を通して、命の根源を見ようとしているような、そういう印象です。

 サグラダ・ファミリアがまた…

 命を通り越して、世界、宇宙の真理を追究しているような。宗教の根源に迫る「信仰」とは何から生まれてくるかを追求しているようで。

 ガウディの意志を継いで、後継者たちの解釈で建築されていく建物が、全体でみると人間という存在の面白さを感じます。

 ここでは、現代アートとは違う「受け継いでいく」という感覚に溢れていて、それが建物が持つ生命力ととても合っています。居心地いいんです。こういう教会は初めてでした。

 パリやイタリアでも結構教会には行きましたが、サグラダ・ファミリアはそういう教会とは全く違います。人種や宗教を越えて全世界から人が集まるのは、「信仰」の根源にアプローチする建築だからと思いました。

 カサ・バトリョ、コロニア・グエル、グエル公園。

 バルセロナはガウディ一人の建築の魅力で持っているような街でした。

 もちろんタパスも旨かったですけど。

 忘れてはいけない、バルセロナのピカソ美術館。

 ここの一番の見どころは、ラスメニナスかもしれません。

 ピカソがなぜ今も新しいかというと、絵画のオリジナリティを破棄することで、生みの苦しみを排除したことでした。

 さらに恐ろしいことに、他のアーティストが生みだした表現形式を一気に推し進めて、無に帰すこと。

 だから、彼の筆の速さは異常です。

 延々短距離走をしているようなものだから。

 形式の模倣→把握→新しい方向性→他者の追随を許さないスピード。

 この冷酷にして、斬新な絵画手法についていける絵描きは現代でもいません。

 まず、最初の関門「他者の形式の模倣」をすることが、先ず憚られますが、ピカソはそんなこと気にしません。

 理由は簡単です。

 最初からその形式を破壊するつもりだからです。

 パリのピカソ美術館に改めて行って、はっきりしました。

 こんなに冷酷で、華麗で、圧倒的なアーティストだったんだ、ピカソ。

 圧倒されるけど、好きになれない理由も分かりました。

 やだろ、まわりにこんな天才いたら。

 必死に画風を模索して、やっと芽がでたら模倣されて、圧倒的な先見性で先にいかれるんだものな。

 画家殺しですよ。

 この旅では、本当に色々収穫があり、今後の制作に生かせそうです。

 サリュ

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2014年7月10日 (木)

パリ紀行です。ザッと写真を上げます!

 ロード・トゥ・パリ。先ずはソウルのインチョン空港到着。21:00位だったかな。翌日の12:00フライト。15時間のトランジット!

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 とりあえず、晩ご飯。一旦出国して、空港のセルフな食堂で、牛の辛いスープと白飯。700円。半端なく旨い。ソウル恐るべし。
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 何で出国したのかというと、インチョン空港の地下には浴場とサウナ、雑魚寝ができる施設があるんです。24時間利用で2000円。色んな人種の人と、大浴場で風呂に入って、男女一緒の共同スペースで雑魚寝。まさにジェットセッター御用立でした。日本人は他に居なかったな~、このときは。
007 朝起きて、出国してから免税店ぶらぶら。韓国の伝統的な文化を伝える施設があり、演奏とかワークショップとかしてました。
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 12:00にアシアナ航空でフライト。パリに着いたのが18:00位でした。ロワシーバスでパリまで直行。前にパリに住んでたときはB線しか使ったことがなかったので新鮮でした。郊外の荒廃ぶりはなかなか凄いものがあります。
 
 ホテルの近所で買い物を済ますつもりが、ついレアルの方まで行ってしまって、タイ系のサラダ購入。近所のスーパーでコート・ドゥ・ローヌの3年ものが500円(!)さすがパリやで…。そのまま就寝。
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 ホテルの窓から撮影。2階でした。18区、最寄りのメトロはポワソニエール。
 013 やってきました18区。モヒカンポシェットの布地買い付け。7年振りです。サクレクール教会。
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 布地がひしめきあう。日本と違い、布地の企業独占というのがなく、シャネルだろうがポールスミスだろうが、そのシーズンで余った布が普通に売られている。いい布に、誰でもが触れる機会があるのはパリだけでしょう。布地を少ない量から扱えるような業界になれば、日本からもっと多くの世界に通用するクリエーターが生まれるでしょうね。
 
 日本のテキスタイル企業は基本1反売りだからね。
 
 話にもなりません。クリエーターが育たなかったら、業界もなにもありません。
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 仕入れを一旦終えて、パレ・ド・トーキョーを目指します。写真はセーヌを越えた反対側のエッフェル塔。
 
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 パレ・ド・トーキョーという場所は、現代アートの展示場所としてのみ機能しています。コレクションはしないという美術館。ちょうど杉本博司の展示があっていて、とにかく先鋭的なホワイトキューブです。
 
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 このひび割れ、全部陶芸なんですよね。しかも、踏んで行く作品。カチカチ音が空間に響き渡る。
 
 
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 正面玄関
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 翌日は、近所にマルシェが立っていました。旨そうな野菜、オリーブの漬物、鶏肉の惣菜など、仕入れ優先の為に華麗にスルー(涙)
 
 
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 街のどこそこにあるグラフィティのレベル高し。
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 レアルが再開発しててびっくり!広場をドームが覆っていて、完成が気になるところ。パリ
もどんどん変わっていきます。
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 ポンピドゥーに行きます。事前情報なし。
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 全く並んでいません。ガチのコンテンポラリーアートの匂いがする。そう、パリですら、ガチ
のやつはそれほど人気がありません。日本ではなおさら…
055 久しぶりに、ガチの政治的なアートが続く中、アサヒ・アート・スクエアの彫刻作品発見。なごみました。
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 ポンピドゥーから見た、ノートルダム寺院。
 060 シャンゼリゼ通り、まもなくパリ祭。沿道の準備です。
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 グラン・パレのビル・ビオラ展。
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 正直、ビジュアルアートを侮ってた。このビル・ビオラの作品群はやばすぎる。映像の奥深さをみせつけられる。なにより凄いのは、この展示を見に来ているのが、大半は小さい子供連れのファミリーということ!
 
 これは、色々敵わない!と思いました。正直に。子供に、先入観なしにみせて意見を言わせてる風景がそこかしこに…おそるべしパリ。
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 そのあと、ボン・マルシェで総菜買ってとなりの公園で昼食。

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 ルーブルは外からチラ見しただけです。

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 その晩買ったアルコールその他の諸々。フィッシャーというビールはアルザス地方のもので、300円、650mg。常温で相当旨いです。ビックリです。

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 しかし、このカルマというドリンクはやばかった。昆布茶にレモンを入れて、炭酸が入ってます。何でこれを買ったのかいまだに謎です。

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 ホテルのテレビで見た、渋谷慶一郎のボカロオペラ、正直、どうでもよかった。
 途中で寝ました。
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 これです!オルセーのゴッホ展!

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 第一日曜なんで、ごったがえしています。
 そんなこんなで、パリ紀行終わります。
 
 サリュ
 
 

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2013年7月19日 (金)

熊本県、宇城市松合に行ってきました、やはりポテンシャルが凄い土地です。

  •  松合という場所は、白壁土蔵群が有名です。もしくは御船千鶴子で、あとは柑橘、ぶどうの出荷でしょうか。

 先日、お世話になっている松合の方のご自宅を訪問させて頂いたのですが、家の密集度がすごいです!ビックリするくらい狭い車道を抜けると、どういうパースになっているのか、大きな民家が現れるといった具合です。
 
 ヤマアが有名な松合食品工場直営の、味噌、醤油の販売所が小高い丘の上にあります。見晴らしもよく、最高のロケーション。
 
 トータルで考えると、恐ろしい程の潜在能力がある土地です。しかし今は少子高齢化の例に漏れず、10年後にはどうなるのかも分からない岐路にある土地に見えました。
 
 このことをどうすればいいのかなんて、ワンアイデアでどうにかなることでないことは分かります。
 
 一番重要なのは、先ずは土地の古い記憶を持った人々の話を聞くことです。
 
 土地に根ざす古い記憶=土地の発芽していない種
 
 が分かれば、水をかければある程度は何かが起こります。
 
 土地の潜在能力とは、この、土地の古い記憶に他なりません。多くの場合、この種は眠ったまま終わり、記憶の彼方に消えうせます。理由としては、それが地中に埋まっている為、ほとんど可視化されないからです。
 
 これまでの日本は、この種が眠っている大地の上にコンクリートやアスファルトを敷き、その上に新しい(と本人たちは思っていた)建築物を無軌道につくり作り続けてきたのだと思います。
 
 さて、そのコンクリや何やの建築物が老朽化してきました。次どうしよう、という状況が今です。見渡してみれば、ひびが入ったアスファルトの隙間からのぞく土の存在に気付きだした人たちが、少しずつ現れ始めています。
 
 日本を発展させてきた先駆者たちは、このひびを再びアスファルトで補修しようと躍起です。それでも建築物の老朽化は止まらないし、新しくつくり続ける限り膨大に補修費はかさみます。
 
 分かっているのにやめられない。
 
 建築物を建て続けるという基本方針にコミット出来ない、土にと種に興味がある人たちは、自分たちに出来る範囲で種を見つけようとしています。
 
 地域振興やまちおこしがうまく行かない大半の理由が、このことだと思います。地域振興の目指すところが、未だに新しい建物を建ててどうにかしようとしている考え方でしょう。本当は、土の中の種を見つけないといけない。
 
 種を見つける仕事も大変ですが、水をやって育てるのも並大抵なことではありません。時間と手間がかかるばかりか、うまくいくという保障もない。枯れることもかなりあるでしょう。
 
 そこへのトライ&エラーというコストを負担する覚悟がない限り、地域振興、まちおこしはなかなかうまくいかないでしょうし、そのコストすら自覚できてない場合がほとんどですが。
 
 この種から何が生まれるのか、花なのか大樹なのか、分からない、分からないから可能性なのです。分かるもの、分析可能なものは可能性ではなくて作業です、そんなものは。得意な人がやればいいでしょう、作業ならば。
 
 松合に行って毎回思うことは、ここで種を探す人がいればいいのになぁということ。凄い種が埋まっているのは分かっているのですから、すでに。
 
 ただ、トライ&エラーへのコストを誰が負担するのかな?
 
 ということを先ずきちんと考えないといけないけれど。
 
 サリュ
 

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2013年7月10日 (水)

熊本市中央区新町の「新鳥町」の、10年間閉まっていた町屋が開くようです。

 

新鳥町の町屋掃除イベント が今週末の14、15日に行われるようです。私も14日の参加できる時間に掃除しに行きたいと思っています。

 フェイスブックページによりますと、新鳥町のコミュニティースペースになるかもしれないそうです。
 
 今後どういう使われ方をするのかは分かりませんが、同じ新町の町屋で色々やっている身からすると、どんな形であれ1日でも多く、町屋のシャッターが開くのはちょっと興奮してしまいますね~。
 
 10年前はカメラ屋さんだったそうで、中がどうなっているのかを知るだけでも町屋好きとしては興味が尽きません。
 
 しかし去年、KUMAMOTO城下町大遊戯2012の為に、かね屋を掃除したのが同じ時期で軽い熱中症気味になっただけに、掃除イベントのときは対策が必要ですね。
 
 10年閉まっていたのか…このような例が相次げば面白いことになると思います。
 
 どんなコミュニティースペースになるのでしょうか。
 
 どんな形であれ、開かれたスペースで、面白い場所になるといいなと期待しています。
 
 サリュ

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2013年5月 5日 (日)

熊本県、宇城市松合のジューシーオレンジを収穫するお手伝い。

 この間、松合にまちづくりの視点で行きましたが、今回はジューシーオレンジの収穫の手伝いに行ってきました。

 去年末はデコポンの収穫の手伝いでしたが、今回はジューシーオレンジです。
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 柑橘の畑なので、段々畑です。木の根元から2mくらいの段差があるので、段差側の収穫は割りと大変。
 
ジューシーオレンジは直径が15cmくらいで、色はご覧の写真みたいに黄色です。
 
 普段、体を全く動かさない生活で、久しぶりの肉体労働です。なので、労働としては戦力外みたいな感じなんですが、出来る範囲でお手伝いしてきました。
 
 収穫したオレンジを箱に詰めて、トラックの荷台の載せるだけなんですが、これは重労働ですよ、かなり。若ければいいですが、70~80代の方々も現役が多い地区です。正直驚きです。
 
 お昼はお手製のおにぎりや、から揚げ、サラダたまねぎなどを頂きました。久しぶりの自然の中、聞こえてくるのは本物の鳥のさえずり。
 
 色んなところで、なんとはなしに鳥のさえずりの音源を聞いている、そんな生活や不自然さにふと気付きます。他にも、流水の音を音源で聞いているときなどありますよね…
 
 農家の方には当たり前のことですが、PCの前に一日中いる仕事の自分にとっては、これ以上のリフレッシュはないのです。
 
 そして、色んなお話しをする中で、松合という場所は、もの凄い潜在能力がある場所なんだと分かってきました。
 
 点として個々の潜在能力は突出していますが、やはりと言いますか、点と点を繋ぐキュレーションの部分が全くないのですね。
 
 前回松合を書いたときにも思いましたが、さらに松合小学校の事などを考えると、ここ5年が勝負でしょうね。白壁などのハード整備に比べると、5年でも遅すぎる位のスピードで地区の機能が失われていってるのを感じます。
 
 6次産業の面でも、大きい可能性を感じました。ただ、通常のイノベーションの考え方では難しいでしょうね、企業コンサルみたいなものを入れても現状は打破できないでしょう。全国で成功している例を持ってくる、組み合わせる、のではね。多分それなら行政や地域の方々も既に行っているでしょう。
 
 今回はこの辺の話は置いておいて、やはり、都市部で仕事してる人間は機会を捉えて農業をやるべきというのは天草在郷美術館の加藤笑平さんの言うとおりだと思います。米を作るべき、とまでは断言できませんが、食べ物をつくることの凄さを肌身で感じるのは必要な儀式です。
 
 30代になったら、農業に従事したことがない国民に1年に2日くらい義務化してもいいんじゃないかと思います。
 
 子供にばかり、教育という名目で色々体験させても駄目で、ある程度社会経験がある大人が真剣にやれば、日本が抱える問題のある側面を解決できるのではとまで期待します。
 
 そんなこ難しいことを考えなくても、たまには土を踏まんとな~と思ったのでした。
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 おみやげにもらったジューシーオレンジ。ありがたいです。
 サリュ

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2012年1月 2日 (月)

あけましておめでとうございます。2012年の幕開け。とある解体される学校のお話。

 あけましておめでとうございます。

 年賀状頂き、誠にありがとうございます。

 昨年、震災等で5人の親戚を亡くしましたので今年は年賀状をお出ししておりません。その旨ご連絡していなかった不手際があり、大変申し訳ありませんでした。

 今日2日は、新年明けてすぐにも関わらず、とある解体される学校校舎の見学と備品を頂きに行きました。

 初めて入ったその校舎。廊下の床はなんと寄木造り!!しかも桜!!!わー、こんな校舎に通いたかった!

 校長先生もおみえになって、その寄木をなんとか残そうとバールで剥いでおられました。

 8日には解体作業が始まるので、それまでに残せるものは何とか残そうとされているお姿にグッときました。

 新町三畳美術館にも数点、その学校の備品をおすそわけしていただきました。

 ほとんどの備品は、専門の業者さんが引き取っていかれましたので、捨てられることなくだれかのところへ行く運命です。一安心ですね。

 この備品のおすそわけは、最初その学校の関係者から始まりましたが、ほとんど誰も何も持って行かれなかったそうです。

 未だ古い=汚い、価値がないという風潮は根強そう。

 しかし一方、価値が分かっている人には、埃をかぶった備品達は宝の山なのです。

 破壊と再生を、新年早々味わってしまいました。

 サリュ

I congratulate you opening.
Thank you very much for the New-Year's-card top.
Since five relatives were lost by the earthquake disaster etc. last year, it has not sent the New Year's card this year.
I felt truly sorry for the clumsiness which was not being connected that occurring.
It went a certain inspection and fixtures of the school school building which are disassembled to the top in spite of new year dawn てすぐ on the 2nd today.
The first school building to go.
What and yosegi style are the floors of a passage!! Moreover, it is a cherry tree!!! I wanted to go to わ- and such a school building.
It was stripped with bar to leave the marquetry somehow to also see a principal.
Since demolition work started on the 8th, what it can leave by then came to the figure which is trying to be left behind somehow with グッ.
The Shinmachi 3-mat art museum also shared the fixtures of several points and the school of those.
Since the special contractor was taken over, almost all fixtures are the fate which goes to someone's places, without being thrown away.
It is peace of mind.
It is said that who [ no ] were almost brought although the share of these fixtures began from the staffs of that school at first.
still old = -- the trend to be dirty and valueless seems to be deep-rooted.
However, the fixtures covered with dust on the other hand to those who understand value are treasure mountains.
Destruction and reproduction have been experienced at the beginning of the new year.
Salut

 

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