経済・政治・国際

2016年9月 2日 (金)

経済産業省は1日、原発の使用済み核燃料から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分に関する有識者会合を開いた。有識者の名は?

 今週は3日間程、鹿児島市に行ってきました。

 色々思うところありまして、鹿児島で一人家飲みをやめようと思ったのでした。

 それと、絵にも本格的に取り組まないと、余生があと半分と考えると(長生き戦略)、40代が勝負だよなと。

 最近、じっくり考える時間がなかなか取れなくて、やはり3日間くらいは自分を振り返る時間が必要ですね。半年に一度くらいは。

 昨日、神戸新聞の記事

 経済産業省は1日、原発の使用済み核燃料から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分に関する有識者会合を開いた。処分地として適性がある「科学的有望地」の選定基準は、地質など自然科学や技術的な観点だけで決め、人口密度などの社会的な要件を反映させない方針が大筋で了承された。

 政府は会合を踏まえ、調査候補地として適性の高さごとに3色に塗り分けた日本地図を作り、12月に有望地を提示する。

 国民には地震や火山など自然災害への不安が根強いため、処分場建設で安全上問題のある地域を除外するために設ける自然科学と技術の基準を重視。

 とありました。以上コピペ。

 人口密度は関係ないらしいですよ。

 どうなっているのか。

 とにかく、これを読んだ人は、全国のどこに処分場が企画されるのか、注意しておいてください。一度できたものより、建設反対の方がまだ希望が持てる。

 川内市も通ってきましたが、鹿児島の他の市とは、明らかにお金のかかり方が違いました。

 まぁ、いつでもなんでもそういう理由です。経済です。

 この有識者会議、一体だれが有識者で、どの官僚が了承決済したのか、非常に気になりますね。歴史に汚点を残す名だと思いますが、記事には書かれていない。

 サリュ

 

 

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2016年7月16日 (土)

フランスで再びテロ。

 ニースで、惨憺たる事件が起こり、再びフランスは戒厳令下に戻りました。

 フランスに限らず、中東を中心に、様々な攻撃が一般の民衆に向けて行われています。

 今回のフランスの件を受けて、テロには屈しない、テロリストへの空爆を、という風潮が明らかに強化されて行きます。

 去年のパリ同時多発テロのときに起きた、報復をやめろデモが今回も起きるでしょうか。それとも、憎しみが溢れかえるか。

 今回の事件の在りようを見ると、もはや特別な用意も何もいらない、爆弾とかの準備とか。銃とダンプでOKという、強烈な簡易さを世界にみせつけましたね。

 日本でも、オウム真理教の地下鉄サリンテロがありましたが、サリンという特殊な劇薬を精製するというある意味煩瑣な手順を踏んでの行為でした。テロという行為にまだ、文学的な美学を最低限感じるような。梶井基次郎の檸檬の残滓はあるな。実際に事を起こす、という美学と想像力の無さはありますが。

 最近は、一般の民衆に対する銃の乱射や、ダンプの突撃という、戦後の日本ヤクザの出入りのような手口にシフトしてきました。

 憎しみを煽る手口は、一般化し過ぎている。でも身内を殺されると誰でも憎悪を抱いてしまう。

 憎しみの連鎖を、どこで止められるのか。宗教か、政治か、哲学か、芸術家か、一体何か。

 論議を尽くさなくていけないと思う。テロで生まれる憎しみと報復の情を、人間が生み出した文化的なあらゆるシステムで語ることが必要。

 これは、文化的な文脈でやるのが、一番抵抗がないのかもしれない。

 毎年2回は訪れるフランスで、1年間は住んだことがある場所で。新しい憎しみの連鎖が始まろうとしています。

 日本人同士でさえ、なかなか分かりあうのは難しいのに、人種・宗教・国が違うなかで対話は可能なんだろうか。

 絶望的だけど、そこにしか希望は見出せません。

 自分に何かできるわけではないけど、今後も一生関わって行く国だから、歴史も踏まえてきちんと考えて行きたい。

 サリュ

 

 

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2015年6月10日 (水)

【6月10日熊本・高レベル放射性廃棄物の最終処分地の自治体向け説明会】レポート

 本日、6月10日、熊本市町村自治会館にて開かれた、高レベル放射性廃棄物の最終処分地の自治体向け説明会に行ってきました。

 先ずはこの写真を見て頂きたいです。

 2015061013470000_3 
 
 高レベル放射性廃棄物の最終処分地の自治体向け説明会

 これが正しい名称です。

 自治体向け受付で、受け付けてみました。

 机の上の、自治体名簿は伏せられていて、どの自治体が参加しているかは全く分かりません。

 結論から言えば、参加できませんでした。

 一般の方はもう一人、小さいお子さんを連れたお母さんが来られていました。

 受付の方は、会場を主催者に貸しているだけということで、事情はほとんど説明して頂けませんでした。

 マスコミの方々も、中に入ることはできなかったらしく、会場の外で撮影されていました。

 熊本の前は岡山で説明会があったそうです。

 とりあえず、この件は6月28日の福岡アクロスでの一般説明会を待つしかなさそうです。

 自分なりに、会場に行ってみて、色々ふに落ちないこともありましたが、今回の件はこのあたりで切り上げたいと思います。

 あとは、どうなるか?

 静かに経過を見守るしかないと思います。

 賛成、反対と言う前に、説明を聞きたいなと思います。

 このままでは、判断の材料がありません。28日の福岡の説明会は、都合で参加できませんが報道や、参加者の報告を待ちたいと思います。

 個人にできることは、あまりないかも知れません。

 ただ、関心を失わずにいたいです。

 サリュ

 

 

 

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2015年6月 5日 (金)

熊本での、高放射性廃棄物処理場の説明会まとめ

 6月10日午後、熊本市東区、熊本県市町村自治会館にて、高レベル放射性廃棄物の最終処分地選定の説明会についてです。

 自治会館に問い合わせたところ、場所を貸しているだけなので資源エネルギー庁に問い合わせてほしいとのこと。

 資源エネルギー庁、10日熊本の説明会担当092-482-5513。

 問い合わせたところ、今回の説明会は自治体の担当者(県の環境関係等)向けで、一般の参加はできないとのこと。

 一般向けの説明会は、6月28日の福岡アクロスで13:30~16:30に開催とのこと。

 事前申し込みが必要で、問い合わせは資源エネルギー庁03-6371-4003。 高レベル放射性廃棄物の最終処分地は決まっているわけではなく、あくまで説明会とのこと。

 ただ、処分地が全国に何か所かできることは決まっている、と担当者はおっしゃってました。ここまで問い合わせした事実のみ。

 官僚が、日本のどこかに処分場を計画しています、と答弁したのなら、場所まで決まっていて当然と考えるのが当たり前だと思います。

 そして、熊本の官公庁へは直接説明しに来るのに、一般のへの説明会は、福岡へこちらから出向かねばいけません。

 この姿勢が全てを物語っていると思います。

 資源エネルギー庁の担当者に、ネットでの検索ワードを教えて頂きました。

 地層処分シンポジウム

 数年ぶりに、フォントサイズをかえたよ。

 ふざけたネーミング

 だと思います。

 高レベル放射性廃棄物の最終処分地選定の説明

 これが正しいネーミングです。

 さて皆さん。

 直近のでは薬害エイズ。熊本を例にとると、水俣病。らい予防法、恵楓園。

 現実を目の当たりにしてきました。

 そこには大きく2つの方向性があります。

 ①情報操作

 ②分断

 です。

 問題なのは②分断だと思います。

 本来協力していかなければいけないのに、何極にも分断されるわけです。

 ここでこのようなことを書いていても、現実には影響力はほとんどありませんが、意志の表明位はできるでしょう。

 熊本に、高レベル放射性廃棄物の最終処分地を建設するのには反対です。

 代案を出せと?

 代案も何も、福島はアンダーコントロールなんでしょう?自民党支持の皆様。

 なぜわざわざ九州まで輸送費使って運んでくるのか。

 考えること、行動することをやめたら、大変なことになりますよ。

 サリュ

 

 

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2015年2月17日 (火)

陰謀論。

 

 ネットを開くと、所謂陰謀論が花盛りです。

 

 10年前だったら、落合信彦の本を読むしかなかった地方民です。

 

 そんな中で、何が正しいのかなんてまるで分かりません。

 

 どういうことかというと、ゴッホの絵が素晴らしいというのは実際見ないとやはり分からない。画集やネットで見ていては、一歩も本物のゴッホに近づけないのです。ゴッホに限ったことではないが。

 

 そういう意味で、ロックフェラーがどうとか、金融支配がどうとか、規模が壮大過ぎて意味わかんないとか思います。

 

 でも、財布の中身を思うと、ちょっとだけ思い至る節もある。この紙ペラがなんで自分の人生の大部分を支配しているのか。

 

 江戸の中期までは「米」が、価値の中心だったわけです。

 

 大東亜戦争中には「軍票」です。

 

 終戦と同時にまさに紙ペラです。

 

 軍票でも紙幣でも、有価証券でも、国債でもいいですが、こういった現代の錬金術を生み出している大本ってどこなの?

 

 そういうことと、アートの手法が交差する何かって何なんだろうなと今考えています。

 

 変わる価値と、変わらない何か。

 

 ゴッホの絵は、キャンバスに油絵具を塗った物質にほかなりませんが、実際に見ると物凄いですからね。

 

 田中一村とか、甲斐庄楠音、高島野十郎、すいませんね、ただ好きな絵描きを並べただけかもですが、生き方が半端なないです。

 

 それ以上に作品が半端ない。

 

 陰謀論を書こうと思ったのに、好きな画家を紹介してしまった。

 

 そういうなりゆきです。

 

 サリュ

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2013年12月 6日 (金)

特定秘密保護法案、政治素人の考え。

 この間、風営法の急な厳正適用で、深夜12時以降に酒を提供して客にダンスをさせた罪でクラブが摘発されましたよね。

 その後も、大阪、福岡でガサ入れがありました。
 
 随分昔に成立した法を、厳正適用するだけで、酒飲ませて躍らせる場所を潰す位は容易にできる訳です。
 
 法は、一度通るとこのように、時代が変わって適用されると妙な違和感が発生します。
 
 現政権はもしかしたら、まともな法の運営をするかも知れませんが(しないかもしれないけど)、この事を考えているのかな。10年後、違う政権になったとき、この法案を恣意的に運用することを目的とした政権が生まれていないと何故断言できるのか?
 
 あと、この法案を監視する第三者機関発足が条件とか、後出しでできたようですが。
 
 第三者機関の話は後回しで。
 
 そもそも、選挙時にマニフェストになかった法案を真っ先に通そうとしている。
 
 それが可能なら、この法案を恣意的に利用する腹心をもった政党が、マニフェストに何も書かずに当選後、勝手に運用できますよというメッセージをこちらは受け取ってしまった。
 
 こんな事が可能なら、有権者は選挙のとき何を基準に議員を選べばいいのか全く分からなくなりました。
 
 後出しじゃんけんそのもの。
 
 何だ、コレ。
 
 第三者機関の話も、そもそも順序が逆だったね。野党から言われて慌てて三文芝居を見せられた気分です。
 
 本来、各省庁、機関には守秘義務を司る法があるはずでしょう。コンプライアンスなんて生ぬるいものではなくて、法が。
 
 その法が十分に機能しているか、そもそもどんな法があるのか、どう改善すれば機密は保たれるのか、そういうのを調べ上げて管理するのが第三者機関で、もし法整備が足りないのであれば各省庁毎に改革指示を出すべきでしょう。縦割りで無理というなら、はなから無理なんです。第三者機関の設置なんて。
 
 各省庁の各秘密を一元管理なんて、無理。
 
 何でも一元で管理できるという、甘い幻想はどこからくるのでしょう。普通に考えても、秘密の守り方や使い方は、現場毎に運用の仕方が違うはずですから。
 
 秘密漏洩者に対して厳罰なんて自浄作用があるというのなら、先に議員定数の削減くらいやってみせて欲しいですよね。
 
 第三者機関の設置後、秘密保護に対する機能チェック後、不備がどうしてもコレだけありますよという提示後、法案の成立を目指す。という流れなら納得できましたけど。
 
 法案成立後の、現政権が設置する第三者機関のチェック機構なんて、誰が信用するのでしょうか。
 
 後出しじゃんけん、二回目。
 
 法案成立後、解散総選挙でしょ、普通なら。
 
 成り行きを見守ります。
 
 とりあえず、反対署名だけはしました。
 
 サリュ
 
 
 

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2013年7月 2日 (火)

今度の参議院選挙は目立った争点がないとかいうメディア。そんなに福島から目を逸らしたいのか。

 目立った争点もなにも、壊れた原発と周辺地域をどうするか、先ずそれが第一義でしょう。

 日本国民が苦しんでいることから、目を背けている場合ではない。
 
 経済回復もいいですが、株価をいじったところで根本解決にはならないこと位、高校生でも分かるでしょう。
 
 争点ありすぎて、どこから手をつけていいのか分からない位だと思うのですが、どうなっているのか。
 
 ネット選挙解禁ですが、どうでもいいですよ、投票率も劇的に上がるはずない。
 
 何がここまで若年層に選挙に向かわせないのか。
 
 教育で、そういう風にさせているとしか思えない。
 
 地方の市議選の投票率とか惨憺たるものです。30%代もざら。それが民意だとか言うわけですが、地方の政策もちょっと見てみると…となることが多々あるわけです。
 
 参院選からずれました。
 
 原発再稼動しなければ論の基底には、必ず経済論があります。そこに欺瞞を感じます。世代が世代だけに、日本の経済が好調で、という恩恵に浴したことがありません。リーマンショック時に派遣切りにあったという、負のトレンドには乗りましたが。
 
 原発再稼動しても、一部の富裕層がさらに儲けるだけなのは明らかです。
 
 ついこの間まで、戦後最長の好景気だったのを忘れているんじゃないか。社会には全く還元されなかったことも。震災前のことです。
 
 企業の内部留保という言葉がクローズアップされたのは、ついこの間。
 
 大体、自分から詳しい情報をとりにいかない限り、社会の教科書に載っているくらいしか国政の知識はありません。極端に言って、衆議院と参議院の違いを分かっている人は、このアートブログを読んでいる方のでどの位いるのか。
 
 分かんなくて悪いというのではなく、分かんない状況に国民を導いている人たちがいるのが悪いのです。
 
 自分が、いつの間にか誰かの都合がいいようにカタに嵌められていることに自覚的にならなければいけません。
 
 大企業が、税金が安い国に移動しているトレンドを見れば、国策で景気を回復したところでその先に何が待ち受けているのかは経済に疎くても、分かります。アップルとかひどいことになっています。
 
 じゃあどうすればいいのか、それを考える機会が選挙だと思います。
 
 悪いことばかりが目につきやすいですが、いいこともあります。いいことは報道されてもなかなか目に入ってこなくて、状況がいいときには通常、それが普通と感じていますからその状況が失われたときに初めて気付くことになりがちです。
 
 そういうことも踏まえて、選挙にいきましょう。
 
 今のところ、当面、民主主義で行くしかないのなら、投票という権利を行使すべきです。
 
 当たり前のことしか書いていませんが、当たり前のことをきちんとやるだけで日本は劇的に変わると思います。
 
 いつも書いていますが、できることからやるしかないです。
 
 サリュ

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2013年1月31日 (木)

使われなかった帰りの切符。

 熊本電鉄、通称きくち電車「きく電」と今でも呼ばれて地元民の普段の足として、運行しています。
 その昔、きく電始発駅の藤崎宮前駅に、女の子が往復切符を持って立っていました。
 何かの病気の診察の為に、病院に行くのだと聞きました。
 すぐに帰って来れるからねと。
 彼女は診察を受けた後、「家族に迷惑をかけるから、しばらくここにいた方がいい」と言われて留まりました。
 一生。
 使われることがなかった片道切符。
 それが「らい予防法」
 ハンセン病隔離政策。
 きく電の1車両を貸しきって、このレクチャーはスタートしました。
 菊池恵楓園へのハンセン病患者隔離は、すでにこの藤崎宮駅前から始まっています。
 帰り道がないきく電乗車の気持ちを少しでも感じて欲しいという、かなりの意気込みのレクチャーでした。冒頭のエピソードを聞いた時、初めて乗ったきく電という事も相まって、何とも言いがたい感情が湧きます。
 菊池恵楓園に着きます。
 無らい県運動。
 全国の都道府県のらい病患者を、官民一体で摘発…「摘発」…療養所へ送り込む運動です。
 明治大正から昭和初期にかけて、謎の病気だったらい病患者を隔離療養するという考え方は、理解できます。
 昭和22年にはプロミンという特効薬が日本にも入ってきて、ほとんど感染力もない事も分かってきます。
 菌は完全に治癒しても、体に後遺症が残ってしまう場合があります。
 驚くべき事にこの隔離政策が完全に廃止されるのは、小泉政権の時、平成に入ってからでした。
 60年以上隔離政策を続けた日本という国。
 どんな国にも過ちはあります。
 本当の過ちは、その過去を記憶の彼方へ葬り去ってしまうことです。
 恵楓園入所者の平均年齢は81歳。
 隔離政策の記憶は風化の一途をたどっています。
 色々読んで、記録では知っていましたが、実際に触れると実感が違います。
 この遺産をどう残し、後世に伝えていくことが出来るでしょうか。簡単には伝えきれない事です。
 時間もあまりないでしょう。
 真剣に考えなければいけませんが、熊本でこのようなことが行われていた事が、あまりにも知られていない事に愕然とします、自分を含めて。
 熊本市現代美術館ではずいぶん前から「ひかりの絵画展」として、恵楓園の絵画クラブの活動をフォローされています。
 文化事業と連携して企画して波及していくのが、理想的だと思います。
 菊池恵楓園には、歴史資料室が新しく設営されました。是非一度行かれてみて下さい。
 サリュ
 Usually the locals as legs, I have now run also called Kumamoto Electric Railway, "and hear electric train" aka Kikuchi.
Once upon a time, the starting station to station Hijisakigumae electric heard, the girl was standing with a round-trip ticket.
I asked for some kind of examination of the disease, and would go to the hospital.
Because I come back soon.
It is said that she was only after receiving a consultation, "because a nuisance to the family, who was here for a while is good".
Life.
One-way ticket was never used.
"Leprosy Prevention Law," it is
Leprosy isolation policy.
To cut one of the electric vehicle lend heard, this lecture was started.
Isolated leper to the Garden Maple Megumi Kikuchi, Fujisaki this temple from the front of the station has begun already.
Was the lecture of enthusiasm that I want you to feel even a little feeling of riding electric heard there is no way back, considerable. When I heard the beginning of the episode, coupled with the fact that for the first time I rode electric heard, feelings hard to say anything is springing.
I arrived at the park maple Megumi Kikuchi.
Free movement らい province.
Is fed to the sanatorium movement ... "caught" ... caught in public and private sectors together, the leprosy patients of the prefecture of the country.
Concept from the Meiji and Taisho and early Showa, that medical quarantine leprosy patients was sick of the mystery can be understood.
Has also been found that the silver bullet that promine The 1947 also comes in Japan, almost no infectivity.
bacteria might be completely healed, leaving the body sequelae.
This isolation policy is being abolished altogether surprisingly, when the Koizumi administration, I have since the beginning of 2010.
Japan as a country was continued isolation policy for more than 60 years.
Mistake is also in any country.
The real mistake is that they bury the memory of its past to the other side.
The average age of residents is 81 years old Megumi maple garden.
Storage isolation policy has steadily weathering.
Various different feeling reading recording, but you know, and actually touch.
Do you will be able to leave a legacy if this will convey to posterity. It is easy to tell that can not.
Probably not much time.
You must seriously think, be appalled to be that such a thing has been done in Kumamoto is not known too, I include myself.
As "painting exhibition of light" from a long time ago, in the Contemporary Art Museum Kumamoto is to follow the activities of the club maple garden paintings grace.
I think is going to spread the project in conjunction with cultural activities, and is ideal.
Megumi Kikuchi maple in the garden, historical data room has been newly set up. Try to be at once by all means go.
Saryu

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2012年2月 9日 (木)

肥後の猛婦、林田民子、トルーマンを背負い投げた女性!

 以下「竜馬 ひねもす よもすがら」というブログより引用

 肥後熊本に、林田民子と言う女性がおりました。どこが猛婦なのかを説明します。

 明治37年生まれの民子は、25歳の時ピクチャーブライド(アメリカに移民した男性と写真だけでの結婚)でアメリカに渡ることになります。その渡米の船の中で講道館柔道から派遣され同じくアメリカにいく太田節三と出会い、渡航中と渡米後に柔道を習います。
 当時、排日運動の激しかったアメリカにおいて日米の友好のため、必死に働きます。しかしながら、世界情勢は日本を開戦に追い込んでいった。太田節三と林田民子等は世界平和基金財団をつくり、敗戦するであろう故国日本の今後ためにアメリカの政府に働きかける。
 かくして、日本はポツダム宣言を受け入れ、無条件降伏をします。
この年の9月2日にホワイトハウスに招待された林田民子は、時のトルーマン大統領に小さな声で・・・。
 以下は前田秀峯著「夢のなかに生きた男たち」から引用します。

 「大統領閣下、なぜ広島、長崎に原爆を投下したのですか?」
 
 「20万人を超える若いアメリカ兵の命を救うためです。」
 「日本はすでに無条件降伏を決めていました。どうして20万人ものアメリカ兵が死ぬのでしょうか?」
 「抗戦派の抵抗も考えられ、これ以上戦争を長引かせては、若いアメリカ兵の命が危ないと判断したからです。」
 「大統領閣下、貴方は嘘を言われている。マリアナにある戦略爆撃司令部は、ポツダム宣言に対する返事があるまでは原爆の投下はあり得ない、と明言していました。」
 「それは若いアメリカ兵20万人の命を・・・」
 「大統領、貴方は日本が無条件降伏することをすでに知っていた。それなのになぜ原爆投下を命じたのですか?ヤルタ協定で日本に侵攻する予定のスターリンへの警告でしょう」
 「そんなことはない。すべてアメリカ兵20万人の命を守るためだ」
 「大統領、貴方には日本人の命などどうでもよかったのです。あの原爆投下によって20万人以上の人間が死傷することは、初めからわかっていたはずです。貴方が虫けら同然と思っている日本人が20万人死んでも、貴方にとっては問題ではない。人体実験をしたかっただけです。スターリンが警告を素直に受け取り、アメリカに逆らうとこの原爆がモスクワに落ちると・・・。ただそれだけのために20万人以上の日本人を犠牲にしたのです。20万人のアメリカ兵の命を守るためではない!大統領、貴方は今世紀最大の悪魔です」

 民子は大統領の胸ぐらに手を伸ばすと、綺麗な背負い投げで投げ飛ばした。
 叫びとともに音楽が止んだ。慌てて民子を取り押さえようとしたスティムソン陸軍長官も一本背負いで宙を舞った。全員が立ちすくんでしまった。
 突然「バン!!」と乾いた音がして、民子の胸が赤く染まった。民子は胸に手をやり、音のした方向に視線を向けながら崩れるように床に倒れた。

 こう言うことだったそうです。原爆投下に対しては、アメリカの市民団体が激しい抗議をしているそうです。
やはり、元防衛大臣のような「しかたなかった」というような問題じゃないですよね。
「肥後の猛婦」、こう言う人を熊本弁で「武者んよか」といいます。
 林田民子はトルーマン大統領とスティムソン陸軍長官を一本背負いで投げ飛ばしたあと銃で撃たれたが、一命をとり止め、太田節三とともに収監されたという。
 林田民子も日本人ではあったが、かつてはサザンパシフィック鉄道の役員であり、アメリカ独立戦争当時の大功労者であるバニング家とのつながりもあり、なおかつ世界平和基金財団の代表理事でもあることから、強制収容所送りを免れていて、OSS(米国戦略事務局)の研究員として終戦後の処理方法の研究に携わっていた。
 引用以上。
 文字通り猛婦。
 
 トルーマンを投げ飛ばすという発想が凄い。
 誰か映画にして下さい。
 サリュ

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Quoted from the blog called "Ryoma all night all day long" following

Higo in Kumamoto, woman says Tamiko Hayashida was down. Describes whether it is where women are fierce.

Tamiko was born in 1904, you will be crossing to the United States (only photos of men and marriage immigrated to the United States) Picture Bride at the age of 25. Ota also go to America and meet Setsuzo sent from Kodokan Judo in its Tobei ship, you will learn the judo after Tobei and while traveling.
Friendship for the United States, works frantically in the United States at that time, was intense anti-Japanese movement. However, the state of the world went to war to Japan pushing. Tamiko Hayashida, etc. and create a foundation fund Setsuzo Ota world peace, encourage the government of the United States homeland for Japan's future would be to defeat.
Thus, Japan accepted the Potsdam Declaration, and the unconditional surrender.
Hayashida, Tamiko was invited to the White House on September 2 of this year, in a small voice at the time of President Truman ·.
The following quote from "Some men dream alive" by Shigeru Maeda Mine.

"Mr. President, Why did you drop the atomic bomb on Hiroshima and Nagasaki Why?"

"Death to save the lives of more than 200,000 young American soldier."
"Japan had already decided to surrender unconditionally. Why American soldiers die also why 20 million people?"
"Because it determines the resistance of the faction fight also considered, and prolong the war than this, and life is in danger of young American soldiers."
"Mr. President, your headquarters located in strategic bombing. Mariana is said that a lie is. Had stated that until there is a reply to the Potsdam Declaration and the atomic bomb dropped, can not happen"
"It is the lives of 200,000 people young American soldiers ..."
"President, you already knew that Japan surrender unconditionally. Will be a warning to Stalin's plans to invade Japan in the agreement? Yalta How did you ordered the atomic bombing yet why"
"I order to protect the lives of 200,000 American soldiers there is no such a thing." All
Japan thinks "President, to you that human beings more than 200,000 to casualties by bombing that. It was good not matter such as the life of Japanese people, and virtually worm would have been understood from the beginning. That you also died 200,000 people, for you only wanted to not be a problem. the human experimentation. Stalin receives a straightforward warning, and fall in Moscow bomb this and against the United States of America · · ·. of it only just not to protect the lives of American soldiers did at the expense of the Japanese for more than 200,000. of 200,000 President!, you are the devil of the century "

Tamiko and reach for the collar of the President, was in the flying mare Fling clean.
Along with the music has stopped crying. Danced in the air in this backpack is also a Secretary of War Stimson tried to Toriosaeyo the Tamiko in a hurry. Everyone had stood in.
The sound is dry and "Bang!" All of a sudden, Tamiko breast was stained red. Tamiko was lying on the floor as collapse in the direction of gaze while spear hand to the chest, was of sound.

This was to say so. For the bombing, the American civil society organizations It is said that the outcry.
Again, it does not matter it is like "I had no choice," such as Defense Minister yuan.
This is called "What I do warrior" in the valve Kumamoto women "of Higo, Takeshi", the people say.
Tamiko Hayashida was shot after a judo throw Fling in the Secretary of the Army President Truman and Stimson, stopped to take on life, having been imprisoned along with the Setsuzo Ota.
Was in the Japanese also Tamiko Hayashida, formerly an officer of the Railway Southern Pacific also has ties with the home Banning is a contribution to large at the time of the American Revolutionary War, that is also a representative director of the Foundation Fund for world peace yet , have escaped the feed concentration camp, was involved in the study of how to handle after the war as a Research Fellow in the (U.S. Strategic Secretariat) OSS.
Quote or more.
Fury women literally.

Truman is a great idea fling.
Please someone to a movie.
Saryu

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2011年11月29日 (火)

東アジア戦略→創造都市→熊本市→新町→歴史→町屋→アート→東アジア戦略、お、頭の中では繋がった。

 要するに、地域性を最大限引き出す手法の選択肢のひとつがアートなのだなという事です。

 グローバル化に対抗する最大の武器が地域性。各地域の独自性を拡大して、コミュニティーをもっと小さく濃いものにする。そこから新しい何かが生まれてくるでしょう。

 難しいのは、かつての村社会を取り戻すという意味ではないという事。小さく濃いが、マインドはオープンでなければいけない。ヒッピー文化とも違うもの。ヒッピーも結局は気が合う同士のミクロなコミュニティーに終わりました。アートシーンでも70年代に試されて、続きませんでしたね。

 具体的にはどうすればいいのか?

 正直そこまではまだ固まっていませんが、アートが可能性を秘めている事は間違いありません。

 東アジアから注目を集める為には、文化の醸成が重要になってくるでしょう。日本の熊本という場所の歴史と伝統を踏まえたアートが、地域活性に必要とされてくると思います。

 面白そうだな、何だあれはと思ってもらえる可能性はグローバル化には全くありません。むしろ国民性と地域性にこそそれはあります。極端な話、パリが東京と同じような街並みだったら行く価値はほとんどなくなります。他民族の歴史にこそ、人は興味をそそられるのですから。またこれも難しいのですが、ナショナリズムに固まるというのも違います。コミュニティーの部分でも同じ事が言えましたが、マインドの部分はあくまでオープンでなくてはいけません。

 関係ないようであるのが、万田坑の塗装事件(勝手に事件化)。世界遺産に申請しようとした時、鉄製のエレベーター昇降の櫓部分をきれいに塗装してしまった事。見に行きましたが、魅力が随分損なわれていました。これは歴史を利用しようとした間違ったリビルドだと思います。世界遺産に申請するから、きれいにしようとしたのは分かりますが、古いものの価値を感覚的に分かっていなかった例だと思います。これはよくある間違いです。

 何が重要になってくるのかと言えば、個別に企画される様々な事のビジョンの根幹に歴史へのアプローチのビジョンと、地域性がなくてはいけないという事でしょうか。

 コンセンサスというか、アート的にはコンテキストの共有が必至になってくる事でしょう。地域活性という面で見ると、ハイコンテキストの部分は熊本市現代美術館がありますからアートに理解がある層部分はそれでいいとして、そうでない一般市民レベルでのアートのコンテキストの共有が必要になってきます。←今ココを必死で考えている所です。

 や~、話が難しくなってきた。

 今ここまで突っ込んで考えている時間が~。

 サリュ

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It is that one of the choices of the technique of pulling out regionality to the utmost is an art in short.
The greatest arms that oppose globalization are regionality.
The originality of each area is expanded and a community is made [ smaller ] deep.
Something new will be produced from there.
Say that the meaning of regaining the once Murakoso meeting is not difficult.
Although it is small deep, if a mind is not open, it is bad.
The thing also different from hippie culture.
The hippie also finished with the micro community of comrades like-minded after all.
Wasn't it tried on the 70s and continue on the art scene, either?
What should I do concrete?
honest -- although not solidified yet up to there, it is certain that the art has possibility.
Brew of culture will become important in order to attract attention from East Asia.
The art based on the history and tradition of the place of Kumamoto in Japan considers being needed for local activity by it.
it seems to be interesting -- what -- that -- a possibility of having you consider is not in globalization.
There is it just in national traits and regionality rather.
Most value which will go if the extreme talk and Paris are the same rows of houses as Tokyo is lost.
Because people excite interest just in the history of other races.
Moreover, this is difficult and solidifying in nationalism is also different.
Although the same thing was able to be said also in the portion of the community, the portion of a mind must be open strictly.
It is a paint incident (freely incident-izing) of 10,000 田坑 so that it may not be related.
When it is going to apply to world heritage, the tower portion of iron elevator rise and fall has been painted finely.
Although it went to see, charm was spoiled fairly.
I think that this is the rebuild it was going to make the mistake in using history.
Since it applies to world heritage, it turns out that it was going to clean, but I think that it is the example for which value was not understood sensuously although it is old.
This is a mistake which often occurs.
Is it that there must not be a vision of approach in history and regionality in the basis of the vision of various things planned individually as to what becomes important?
It is called consensus or sharing of a context will become inevitable in art.
Sharing of the context of the art in the average citizen level which is not so is needed noting that the layer portion which has an understanding in an art is good at it since the portion of a high context has the Kumamoto contemporary art hall when it sees by Men called local activity.
<- it is the place which is desperate and considers ココ now.
や? and the talk are becoming difficult.
The time which is thrust in so far and considered now? .
Salut

 

 

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