農業

2015年10月22日 (木)

松合のみかん農家さんのお手伝い。選果とかもやります。

 ブログカテゴリーに、農業を追加いたしました。

 最近は、毎週畑に行っていますが、その前に松合のみかん農家さんのお手伝いに行くようになりました。

 そもそもはお客様としてのお付き合いだったのですが、最近諸事情で人手不足ということで、午前中だけお手伝いをさせて頂いてます。

 今は早生みかんを収穫し、選果して農協へ運んだりします。

 今日は、みかん畑に軽トラデビューでした!4WDでないと、登らない、車幅ギリギリ農道を通って、収穫場所へ。

 結構な山の上で、対岸には芦北が見えています。

 夏には不知火が見える、不知火湾。左手には、宇城市を通る九州新幹線。

 新緑に映えるみかんの房。

 ぶどうのように、枝にひしめき合っています。

 まさに今が旬のみかんたち。

 みるみるコンテナに一杯になっていきます。昔は、天秤棒で担いで山を移動していたそう。なんという体力だろうかと思います。

 昔の百姓の体力は、ちょっと想像つきかねます。

 畑ではまもなく90歳になろうかというおばあさんが、ほぼ直角に曲がった腰で両手にコンテナを引きずりながら歩いているのが、みかんの木の隙間から見えました。

 生涯現役です。

 そのお歳で、新しいデコポンの苗木を植えたそうです。収穫できるようになる為には、100歳近くになっているかも知れません。

 どういうことなんだろうかと思います。

 頭では理解できませんが、感覚的には分かります。

 この感覚を磨く為、手伝える間は手伝おうと思っています。

 今考えているのは、猟師になることです。いや、ホント。

 松合でも、猪には悩まされているそうです。新しい猟師のなりてもいないと。

 じゃあ、なろうかなと。なんと単純な動機。

 生き方はひとつじゃない。

 今、未来へ向けて送る価値観はそういうことです。

 都会でアートとモードをキンキンにやっている人が、農業をして猟師でもある。

 自然にそうなります。

 そうならないとおかしい。

 何度か書きましたが、天草在郷美術館の加藤笑平の在りかたは、確かに理に適っていました。

 数年咀嚼して、持続可能な形を模索し、今、色々展開を始めました。ゆっくりですけどね。

 来年は東京での、アートとモードの企画がほぼ実現します。

 企画展としては、初の東京進出。

 そちらも徐々に進めつつ、猟師への道を画策中です。

 自分が何者なのかと言えば、現代百姓でしょうね。

 絵画作品としては、A-クロニクルという、最初の章はリデル・ライトとコール神父、加藤清正とハンセン病を題材にファンタジーを描いています。

 来月の大阪、阪急うめだ本店でのモヒカンポシェット【服と本】展では、オブジェクトと絵画、さらにパフォーマンスを企画しています。

 やー。

 ちょっと狂っているのかなと、思わないでもありませんが。

 この世は一期の夢よ、ただ狂え。

 座右の銘です。

 もひとつは 徒手空拳。

 今日は、家に帰ってきて、収穫した小豆を干したさやから取り出しました。

 大量収穫です、と言ってもびん1本分ですけど。赤くつやつや光っています。

 農業って、明日も来月も来年も、生きて行こう!という具体的な行為なんだな。

 命をもらう。生きる。

 ありがとうございます。

 サリュ

 

 

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